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調香師は時を売る  作者: 安井優
収穫祭編

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二人のテラス席

 マリアとミュシャが荷物を手に洋裁店へと戻ると、入れ替わるように両親が出て行った。

「せっかくだから、私たちは外で食べてくるわね」

「二人もテラスで夕食にするんだろう? 遅くなるから、戸締りには気を付けてね」

 楽しそうな両親を見送った二人は、さっそく夕食の準備に取り掛かった。


 ミュシャはテラスを軽く掃き掃除してから、わきに置かれていたテーブルとイスをセッティングする。雑巾できれいにふき取り、テーブルクロスをかけた。マリアもその間に、台所でサラダを作り、先ほど買ったばかりのフルーツを切る。

「マリア、先にこの辺のものは持っていくね」

「うん、お願い」

 ミュシャは露店で買ったものを袋から出して、先ほどのテーブルの上へ並べていった。


 最後にマリアがグラスとレモネードをテーブルの上に並べて準備完了だ。テラスでご飯を食べるのは初めてだった。テラスといっても広いわけではないので、大人が三人も四人も座って食事をとるには狭すぎるからだ。両親が時折、ここでお酒をたしなんでいるくらいだろうか。ミュシャがイスを引き、マリアに座るよう(うなが)す。

「ふふ、お嬢様みたい」

 マリアがクスクスと肩を震わせると、ミュシャも優しい笑みを浮かべた。


「素敵……。おうちにこんな場所があるなんて」

「前に、おじさんに教えてもらったんだ」

 ミュシャはマリアの目の前に腰かける。

「ずるい。私には教えてくれなかったのに」

 マリアは珍しくムッと子供のように頬をふくらませる。ミュシャは肩をすくめた。

「ま、ここは大人二人でいっぱいだしね」

「ふふ、教えてくれてありがとう。ミュシャ」


 マリアとミュシャの間に、夏の残り香をのせた風が吹く。二人はそれを合図にグラスを持ち上げた。

「「乾杯」」

 二人のグラスがチン、と軽い音を立てる。レモネードの爽やかな風味が口いっぱいに広がった。


 テラスは、街の広場側……つまり、王城の見える方向にある。周りの建物もあるので、綺麗に、とはいかないかもしれないが、花火も十分に見えそうだった。

「まだ、広場にもたくさん人がいるのね」

「最終日だから、いつもより多い気がするね」

 マリアの言葉にミュシャも同意する。二人はそれぞれ露店で買った串にささったチキンや、チーズフライ、クラッカーサイズの小さなピザなど、思い思いに手を伸ばす。お祭りの食べ物は、いつもの食事に比べて少しだけ味が濃い。子供が好む味付けにされていて、ついつい食べ過ぎてしまう、とマリアは思う。


「陽が落ちてきた」

 ミュシャは空を見つめる。赤から濃紺(のうこん)へ。見事なグラデーションだ。一番星が輝き、それに続くように大小さまざまな星々の光がチラチラと見え始める。

「綺麗……」

 東都で見た夜景も綺麗だったが、やはり生まれ育った街並みが一番美しいような気がする。ミュシャも、その景色を焼き付けるようにじっと見つめていた。


 もうすぐ花火が上がる。濃紺(のうこん)に染まった空を見つめて、マリアは思う。二人の前に置かれていた皿はすっかりきれいに片付いていた。

「収穫祭も、もう終わっちゃうのね」

 楽しいお祭り期間の終わりは、いつも少し寂しい。

「うん」

 ミュシャも同じように思っているのか、言葉少なにうなずいた。


 花火を楽しみにしている人々が、街のあちらこちらで足を止める。その時刻が近づいてくると、空を見上げる人々の数は多くなる。マリアとミュシャも、空を見上げた。


 ヒュルルル……


 花火の音が静かな夜空に響く。つられるようにして、手元のグラスに入っていた氷が解け、カラン、と音を立てた。二人は空を見つめる。建物よりも高い位置に閃光が駆け上がっていく。天高く昇っていく光が一瞬姿を消すと、次の瞬間には轟音(ごうおん)とともに、夜空に花が開いた。

 あちらこちらで歓声が上がる。隣の店や、向かいの店の窓も開かれていて、顔なじみの店主や家族の顔も見えた。マリアとミュシャにとっては収穫祭二度目の花火だが、やはりその美しさには顔をほころばせてしまう。


「ねぇ、ミュシャ」

 マリアに呼ばれ、ミュシャはゆっくりと花火からマリアへ視線を移す。

「どうしたの?」

「私のこと、好きになってくれてありがとう」

 マリアは柔らかな、美しい笑みを浮かべた。

(今、そんなことをここでいうのはずるいよ)

 ミュシャは苦笑を浮かべる。ただうなずくしかできないが、このマリアの笑顔は、いつまでも忘れないでおこう、そう思うのだった。


「これからは、マリアのこと、守れないからね」

 今度はマリアが苦笑を浮かべる番だった。やはり、ミュシャは守ってくれていたのか。

「それに、マリアはもう少し、自覚したほうがいいよ」

「自覚?」

 キョトン、と首を傾げたマリアに、ミュシャは盛大なため息を一つ。

「マリアは、僕が好きになっちゃうくらい、特別に素敵な女の子ってこと」

 ミュシャはきっぱりと言い切って、いじわるな笑みを見せた。


 花火は、色を変え、形を変え、夜空を(いろど)り続けた。最後の光が尾を引くように、静かに、はかなく散っていく。静寂と煙の香りだけがその場に残り、マリア達を包み込む。

 収穫祭は終わりを告げた。たくさんの思い出と、笑顔、そして少しの寂しさをみんなの心に残して。


 二人が夕食の後片づけを終えたころ、両親が店に戻ってきた。

「ただいまぁ」

「おかえりなさい」

 母親は少しお酒を飲んだのか、頬がほんのりと赤く色づいていた。父親も飲んでいるのだろうが、アルコールには強い体質らしい。普段通りの表情で、

「母さんをベッドへ運んで、私たちは寝るから、二人もあまり遅くならないようにね」

 そう告げると、母親とともに部屋へと消えていった。


「マリア。お風呂の後に、少しいい?」

「うん」

 マリアはうなずく。ミュシャの瞳は真剣そのもので、あまり良い話ではないのだろうと思う。それでも、マリアにできることは、ミュシャの選択を受け入れて、背中を押してあげることだけだ。ミュシャが決めたことを応援したい。マリアは決意する。ミュシャも、マリアの表情を見て、覚悟を決めたように強い決意を瞳に浮かべた。


 ミュシャは、マリアからもらったバスオイルを入れ、ゆっくりと湯船につかる。レモンの爽やかな香りが、気分をすっきりとさせた。マリアに伝えることは決まっている。覚悟も決めた。あとは、伝えるだけだ。

(大丈夫……こんなの、告白したときに比べたらなんてことない)

 ミュシャは濡れた前髪をかきあげて、大きく息を吸った。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!


いよいよ収穫祭も終わりです。

二人のちょっと特別な時間を、皆様にもお楽しみいただけていたら嬉しいです。


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