第七話
夕方、ローカルニュースで「会社員の戸塚正彦さん(31歳)死亡。事故死か」と報道されていた。
あのサラリーマンは戸塚って名前だったのか。
ウチのマンションでルールを守らなかった人が死んでも、事故として扱われて警察が来ないのは今さらだ。
駅から徒歩3分という立地なのに、野次馬がまったく来ないのも。
会社からここまでタクシーで15分程度だろうに、マスコミの姿も見えなかった。
いつものことだと処理されたのだろう。
今日は夜勤のバイトもなくてヒマだから、何となく気晴らしに外で散歩しようと外に出た。
ゴロゴロしていると、前触れもなく赤い着物の女の子が寄って来る。
たまにならいいけど、しょっちゅうとなると気疲れしてしまう。
人外に配慮なんて期待できないし……。
一階を歩いていると、102号室の部屋が開いて若い女性が出てきた。
やれやれ、人外を避けようとしたら、他の人外と遭遇するなんて。
「あら、ウツロギ」
「こんばんは、氷雨さん」
ニコリと微笑みかけられたのであいさつを返す。
ため息をつきたい衝動を堪えながらだったが、バレなかったようだ。
氷雨さんは水色の髪に白い着物。水色の帯という格好である。
どう見ても雪女だし、実際に雪女(本物)だ。
「どうですか? ウチにあがってお茶でも?」
と氷雨さんに誘われた。
時計を見たら18時1分だった。
いつの間にかこんな時間になっていたんだな。
「すみません。これからちょっと所用があるので」
断りを入れる。
──氷雨さんの部屋には、18時以降立ち入ってはいけない。
「あら残念。ではここでどうぞ」
と言って氷雨さんは水が入ったコップを手渡してくる。
これは断りにくい空気だ。
ポケットの中を探ってみると、取り出すのを忘れていたキャンディが一つだけあった。
「ありがとうございます。これお礼です」
そっと差し出す。
「あら、気を使わなくてもいいのに」
氷雨さんは目を丸くして言った。
そうはいかないだろう、と思っても表情には出さないように気をつける。
──氷雨さんに何かをもらったら、お礼をしっかりしなければならない。
「律儀ねえ」
氷雨さんはため息をつきながら受け取ってくれる。
人間相手だったら、律儀じゃなくても許されるんじゃないかなって、俺だって思ったりするよ。
人付き合いの経験なんて、ほとんどないけど。
「わたしはいいけど、他の住人は気をつけたほうがいいわよ?」
なんて忠告してくれた。
ここで「気をつけているつもり」と答えてしまうと、一発アウトだ。
俺の本能がそう言っている。
塀の向こうで人の話し声が聞こえてきて、俺と氷雨さんの視線が移動する。
「珍しいですね」
と言うと、
「あなたが引っ越してきたとき以来かも?」
と氷雨さんは答えた。
つまり数カ月ぶりか……。
あき部屋はあるし、ひとつ部屋もあいたから、あり得なくはないか。
出かけるついでに様子を見てみよう。




