第四話
「仕事の帰りかい?」
「ええ」
俺は質問に答える。
夜勤明けで面倒だと思うが、我慢するしかない。
おそらく「会話を拒否してはいけない」というルールは、このマンションに出るモノに共通しているからだ。
「実は新しく人形を手に入れたんだけど、よかったら見に来ない?」
とつくもさんに誘われる。
これは断れる空気じゃない。
「眠いんですこしだけ」
と答える。
「ああ、夜仕事してたんだっけね」
つくもさんは思い出したとうなずいた。
了解してくれたらしい。
これでハードルはひとつ越えられたな。
ふたりでエレベーターに乗り込むと、ドアが閉まって勝手に動き出す。
「何階に行くのか、まだボタンを押してないよ」とツッコミを入れるようじゃあ、このマンションでは生活できない。
九階に行くのは正直怖いけど、今回はつくもさんも一緒だからましだ。
「今回手に入れた人形は岐阜のやつでね」
とつくもさんが話しかけて来る。
どうやって怪異が人形を手に入れるんだ?
なんてつっこんではいけないと思う。
答えてもらえるほうがこわいからね。
このマンションは内廊下になっていて、蛍光灯はついているはずだけど、九階は薄暗かった。
理由をいちいち考えていたら、このマンションでは生きていけない。
つくもさんのあとについて右に曲がる。
霊障らしきものが何もないなんて、やっぱりつくもさんのおかげだろう。
「人形には興味ある?」
つくもさんに訊かれたが、この問いはもう十回目くらいだ。
「ないわけじゃないくらいですね」
と答えておく。
ここは素直に言っていいから気楽だ。
つくもさんが触れてないのにドアが勝手に開く。
このマンションは自動ドアじゃない。
でも、ツッコミは入れないほうがいいと思って入れてない。
「さあ、どうぞ」
つくもさんの勧めに従ってお邪魔する。
1LDKの部屋で、床以外にはすべて日本人形で埋まっていた。
表情も着せられた服も多種多様だけど、すべて女の子だ。
「相変わらずですね」
不気味すぎるが、それは言えない。
「当たり前じゃないか」
つくもさんはケラケラと笑う。
日本人形って男の子もありますよね? なんて言ったら死にそうだ。
このマンションでは当たり前にある奇妙な気配が濃縮され、この部屋に満ちている。
何で入ったのか? って。
つくもさんの誘いに関してもルールがあるからだ。
そして「ルールを守っているかぎり安全です」という注意事項は、つくもさんにだって有効なのだ。
じゃなかったら俺はすでにこの世にいないだろう。
……未練があるわけじゃないけど、死にたいわけでもないんだよなぁ。
「これどうぞ」
つくもさんに勧められるがまま、お茶を飲み、和菓子を食べる。
……今度お礼を持ってこないとなあ。
「岐阜の人形なんだけどね」
とつくもさんが話を戻しながら、人形を俺の前に差し出す。
どう見ても泣いている、とても精巧な作りだ。
こういう職人技術って本当にすごいよなぁ。
「うんうん、気に入ってくれたようだね」
見入っていると、つくもさんがうれしそうに言う。
本当にうれしいんですか? ……なんて訊く度胸が俺にはない。
「よかったらあげようか?」
「そんな。受け取れませんよ」
俺はあわてて断った。
「残念」
と言って引き下がったつくもさんはさほど残念そうじゃなかった。
──つくもさんに人形をあげると言われたら、断らなければならない。




