第十一話
「ねーねー、遊ぼうよー」
赤い着物を着た少女が俺を誘う。
ちょうど朝食を終えて歯みがきをしている最中だった。
「歯みがき終わったらいいよ」
「やった!」
答えると少女は手を叩いてはしゃぐ。
体が壁をすり抜けている点を除けば、無邪気な12歳の女の子にしか見えない。
ふーっ、正直ちょっとあせった。
この子は気の抜いたタイミングでも普通に出て来るなぁ。
いっしょに遊べば無害な子だけど、何もしてないのに向こうから部屋にやってくるという点では、一番脅威度が高いと言えるかも。
「今日はお外で鬼ごっこしよ!」
と少女は誘ってきた。
えっ? 具体的に言われるのはけっこう珍しいよ。
十回以上いっしょに遊んできたけど、言われたのは二回目くらい?
これはたぶん断らないほうがいいんだろうな……。
「ときどき休憩してもいい?」
「いいよー。お兄ちゃんってほんとなんじゃくだよねー」
女の子はケラケラ笑いながら承知してくれた。
遊び相手が弱いのはいくらでも許容できるらしいから助かる。
ある程度の実力を要求してくるタイプだったら詰んでたな……。
外に出たらかなり暑かった。
九月になったくらいじゃ気温は下がってくれない。
マンションの外に平気で出られるあたり、この子は地縛霊のたぐいじゃなさそうなんだよね。
「きゃはは!」
女の子が笑いながら走り出したので、仕方なく追いかける。
追いかけないなんて選択肢はあり得ない。
手加減されているのか、何とか姿が見える距離をキープしている。
駅に行ったり、目黒川のほうへ進んだり。
少女は気まぐれで進行方向を変えてくるので、ついていくのは大変だ。
「ねー、ママ、あれなあに?」
小さな女の子が赤い着物を着た少女のほうを見て指さす。
母親らしき人はそっちを見てぎょっとした。
「見てはいけません」
と言って子どもの目を隠し、自分も目をつぶる。
この反応をするってことはおそらく地元民なんだろう。
この子は見るだけなら安全だし、見てなくても普通に話しかけて来るから、その対策は無駄なんだけど……。
ただ、女の子自身は母娘に意識を向けていないので、このままなら平気だろう。
まともな親でよかったな、という黒い感情が浮かんだが、何とか抑え込む。
さすがに世の中すべてを呪うエネルギーが俺にはないからだ。
そのまま歩道を早足で歩いていたら、女の子はこっちを見てケラケラ笑いながら、車道へと移動する。
そこへ一台のトラックが走ってきた。
「あっ」
と思ったが、もう遅かった。
女の子はいきなり無表情になる。
金属が破砕される大きな音と、男性の絶叫が響いてトラックの姿がかき消えた。
普通なら何が起こったかわからないだろうが、俺は女の子の手が虫を握り潰すような動きをしたのを見た。
「遊びを邪魔する悪いコ、ナイナイ」
女の子は無表情で言ったあと、俺のところに寄って来る。
「ね?」
と同意を求められたので、こくこくとうなずく。
「ひっ」
何かを察したらしいさっきの母親が悲鳴をあげて、その場にへたり込む。
腰が抜けてしまったか。
「悪いコがいない場所に移動したほうが、楽しく遊べるんじゃないかな?」
と俺はダメもとで提案してみた。
「うーん、そうかも」
女の子が承知してくれた。




