第十話
今日はカラオケのバイトで、午前9時から18時までというシフトだ。
駅前のカラオケは忙しいはずと近根木さんに心配されたが、この店にかぎって言えばけっこうヒマである。
ヒマなのと、時給は安くてもまかないを無料で食べられるという二点が、まだ辞めてない理由だ。
「ねえねえ、ウツロギくん、また出たんでしょ?」
ヒマだからと受付で隣に立つ四方木さんが話しかけて来る。
「うん、まあね」
と適当に答えた。
四方木さんがわくわくした表情なのは、オカルトや怪異が大好きという嗜好のせいだろう。
たぶん、絶叫マシーンを楽しんでいるような感覚なんだと思う。
俺だって住みはじめるまでは、半信半疑だったしわからなくもない。
ウチのマンションにまつわる情報って、地元民に広まるのはかなり速いのは今さらだし。
「知ってる人だったの?」
「いや、全然知らない人」
ヒマだし、無視しても居づらくなるだけなので答える。
だって四方木さんはまだ高校生で、見た目がすごく可愛いからとても人気があるのだ。
職場仲間からも、それ以外からも。
高校が終わって16時から入ってるけど、それでも俺のことを羨ましがる男性スタッフがいたほどだ。
「ウツロギくんって肝座ってるよねー」
と言われたので、否定しておく。
「単に居場所がないだけ」
自嘲気味に答える。
「ああ、中学校卒業してクソ親から逃げたんだっけ」
四方木さんの言葉にはうなずいた。
ここを紹介してくれて保証人になってくれたのは近根木さんだけど、それだけに俺の経歴は店長には知られている。
そこまでは仕方ないけど、何で同僚全員が俺の過去を知ってるんだろう?
まあ、期待してなかったからいいんだけどさ。
「お金をある程度貯まったら、他のアパートでもいいんじゃない?」
四方木さんの質問はピュアだったので、こちらも真面目に答えよう。
「家賃が圧倒的に違うんだよね」
「あー……」
四方木さんは高校生だからか、すぐに理解できたようだ。
「都内に月100円で住める場所って、他にあると思う?」
「都内って言うか、日本にはないんじゃないの?」
と言ったときの四方木さんの表情は見ものだった。
「しかも駅から徒歩3分で、ここにも徒歩で来れるんだよ」
と言うと、
「神すぎない?」
四方木さんは真顔になる。
「まあ、ルールを破った人はみんな即死なんだけどさ」
と言って肩をすくめた。
俺が住みはじめてから何人死んだかなんて、いちいち数えていない。
近根木さんに訊いてみたら苦笑するだけで、教えてはくれなかった。
「怖すぎるでしょ。やっぱいいや」
四方木さんは顔を青くしながら言った。
高校卒業したら住みたいとか、一緒考えたんだろうか?
運がよければルールがわかりやすい怪異としか遭遇しないけど、チップが自分の命だからなぁ……。
「またねー」
退勤時間になったので四方木さんにあいさつして、店を出る。
笑顔で手を振ってくれる人なんて、まさか縁が生まれるなんてなあ。
手を振り返すのは恥ずかしいのでぺこっと頭を下げるだけど。




