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第七十五話 ガッツある警備員たち



 エミリーと三人でダンジョン攻略を始めてから、三週間ほどが経った。

 季節はそろそろ秋の中頃だ。


 俺もメリルも、そしてエミリーも順調にレベルアップしてきている。

 レベルが数字で目に見えるわけではないが、「原作」に照らせばレベル15くらいだろうか? 体感的にもそれくらいで間違いなさそうだ。


 攻略は至極順調に進んでいたので、今週は休暇を取ることにした。


 だから俺はここ数日、学校が終わればすぐ公爵家に戻って仕事をしていたのだが。今日は帰りがけに、グラウンドの入口で仁王立ちしているラルフから声をかけられることになった。



「アラン、今日も一人なのか?」

「寂しい奴みたいに言うなよ。ラルフこそ暇なのか?」

「いや、俺は警戒中だ」

「警戒って何を……ああ、メリルか」



 さて。メリルがハルに接触することを警戒して、周囲を睨みつけているラルフではあるが。ダンジョン攻略が順調に進んでいることもあり、今週の攻略は全て休みにしていたのだ。


 ここのところメリルは授業が終わるとすぐに帰宅していたようなので、いもしない刺客への警戒など必要ないことは伝えておこう。



「メリルなら用事があるとかで、今日もさっさと帰ったみたいだぞ」

「そうか……いや、油断はできない。帰ったと見せかけて襲いかかってくるかもしれないからな」

「襲いかかるってお前……」



 隙あらばハルに接触しようとするのだから、まあ護衛のラルフとしても気が気ではないだろう。

 ……彼の中では、もうメリルの扱いは猛獣の域に達しているようだ。

 あんまりな評価だが、初対面の頃から続く因縁を考えれば妥当なところなのかもしれない。



「しかし、ラルフがまだ校内で警戒しているってことは、ハルとリーゼロッテもまだ校内にいるのか?」

「今日は委員会活動とか言ってたぞ。執事なのに、予定を把握してないのか?」



 字面は嫌みだが、彼の声色からは一切の悪気を感じない。

 純粋に、何故執事が主人の動向を把握していないのか疑問に思っているようだった。



「身の回りのことは、全部自分でやりたいんだとさ。俺が学校まで着いてくる意味があるかすら怪しいな」

「そういうことか。まあリーゼ嬢が自立するのはいいことだし、アランだって公爵家の金で学校に通えてるんだから、いいじゃないか」



 確かに普通の学校生活を送ることで、リーゼロッテに一般的な(・・・・)社会性が身に着くならばそれはいいことだ。

 流民同然で育った俺を従者として通わせて、ついでに教育を施してくれようとしたのもありがたい。


 だが、子爵としての仕事が意外と多く、今の俺には学業が重荷になっている。

 こんなことになるのであれば普通に執事業務だけをやっているべきだったなと、後悔しているのも事実だ。



「そう辛気臭い顔をするなって。考え方によっては――むっ! この気配、来やがったか!」

「は? 来たって何が?」

「そこだッ!」

「ひいっ! 気配遮断マントを被っているのに、なんでバレるのよぉっ!」



 ラルフが何も無い空間に初級の火魔法を叩き込めば、どこからともなく焦ったようなメリルの声がした。

 気配遮断マントか。確か「原作」では、敵とのエンカウント率を下げる装備だったはずだ。


 声がした方に目を向ければ、迷彩柄のマントをほっかむりにしたメリルが、コソ泥のような中腰の体勢で、後ずさりをしているのが見えた。


 正面から見据えているというのに、気を抜けばまた見失いそうなくらいに存在感が無い。ラルフはよく気づいたものだ。


 ……というか、このヒロインは何をしているんだ。

 俺がメリルの残念さを再確認する横で、ラルフはツカツカとメリルに詰め寄って行く。



「お前が考えそうなことなんざお見通しだ! これは没収させてもらうぞ!」

「ちょ、やめ……これ、結構高かったんだから!」

「知るか! 逮捕されないだけありがたいと思え!」



 頭から布を剥ぎ取ろうとするラルフと、それに全力で抵抗するメリル。

 一歩間違えばラルフの方が逮捕されそうな絵面なのだが、そもそもの原因がメリルの方にある。

 責任の割合は引き分け(5:5)といったところか。


 しかし帰ったと見せかけて、魔道具を用意してまでハルを狙いに来るとは思わなかった。

 まさかここ数日足早に帰っていたのは、今日のための下準備だったのだろうか? 最近は大人しかったから、少し油断していたかもしれない。


 ……だが、まあ、地獄の門番ことラルフがいれば大丈夫だろう。

 彼さえいればこの通り、俺が多少油断していようとハルの身の安全は保障されるはずだ。


 ――そう思ったのも束の間、突如として話は変わってきた。



「あっ……」



 ラルフは第一王子を付け狙うストーカーを撃退しているつもりなのだろうが、傍から見れば女子生徒の身ぐるみを剥ごうとしている暴漢である。


 尚も取っ組み合いを続ける二人の向こう側から、見慣れた制服に身を包んだ四人組が小走りで、こちらに向かってくるではないか。

 あれはいつぞや俺もお世話になった、ガッツある警備員たちだ。




 そうだよな。校舎の前でこんな大騒ぎをしていれば、警備員が飛んでくるよな。

 ここは一応、上流階級の子女が通う名門校なのだし。


 一人納得しながら、俺は二人に背を向けて歩き出す。



「待ちなさい! あわわわ……こら! シャツまで脱げる!」

「四の五の抜かすな! さっさと寄越せ!」

「イヤーっ! 変態! 誰かぁー!!」



 女子生徒の悲鳴を聞きつけた警備員たちは、ラルフたちに向かう速度を速めて、全力で駆け寄っていくではないか。



「何してやがんだコラ!」

「白昼堂々痴漢とは……ふてぇ野郎だ!」

「げっ!? いや、これは違うんだ! アラン、ちょっと助けてくれ……アラン? って、いねぇ!?」



 俺はここ最近、立て続けに問題を起こしてしまったのだ。

 ここでメリルへの痴漢やら、校舎前で魔法をぶっ放した件に巻き込まれるわけにはいかない。


 ……まあラルフは初犯だろうから、そこまで酷いお咎めは無いはずだ。

 もしも留置所にお泊りするようであれば、身元引受人くらいにはなってやろうか。



「さあ、もう大丈夫だ」

「君にも事情が聞きたい。詰所へ同行してもらおう」

「え、あ、いや、あのぉ……」



 何をするつもりだったのかは知らないが、メリルが隠れて第一王子に近づこうとしたのも事実なのだ。

 ラルフとメリル。果たしてどちらにどれくらいの罰が下ることになるだろうか。


 ……もしかしたら俺は、二人から同時に身元引受人に選ばれるかもしれないな。

 そんなことを考えながら、俺は一度校舎に戻ることにした。










「よぉ、ハル。仕事は捗ってるか?」

「やぁ、アラン。作業は順調だよ。それにしても、何だか久しぶりだね」

「ここのところは課外活動で忙しかったからな。……で、リーゼロッテは何やってんだ?」

「見ての通り体育委員の仕事よ!」



 学校指定の体操着に身を包んだリーゼロッテは、ガラガラと音を立てながら手押し車を押していた。

 規則正しく真っ直ぐに、手押し車からこぼれ落ちた白い粉が地面に撒かれているのだが……公爵令嬢がやることではないなと、今更ながらに思う。


 しかし、そんなことは本当に今更だ。

 それはさて置き、今リーゼロッテが行っているのは、徒競走用のライン引きである。



「そう言えば、そろそろ体育祭か」

「来月の中頃だよ。……今から楽しみだな」

「ああ、こういう祭りごとに参加するのは初めてだったか?」

「うん。(まつりごと)には参加しているんだけどね」

「誰が上手い事を言えと言ったよ」



 お茶目に微笑む第一王子様も置いておき。

 体育祭と言えば「原作」を体験した時の、悪夢の十一連敗を思い出さずにはいられない。


 ヒロインが体育祭で負けて悔しがっている間に、アランは一人で商談に向かうのだが。

 そこでウォルター男爵とかいう奴に騙されて王都を追われることになり、()は田舎で潜伏しつつ、小麦農家をやる羽目になった。

 リーゼロッテが失敗した分とクロスが四連敗した分も含めれば、十六回も農夫姿の俺を見ることになったのだ。

 あれだけ見せつけられたら、印象にも残るというものだろう。


 ……まあ、あれは二年目のイベントだから、今年は警戒せずともいいはずだ。

 一年目の体育祭は、メリルが徒競走で一位を取れば各攻略対象からの評価が上がるくらいだし。攻略対象のイベント自体に大きな進展は無い。


 だが来年の体育祭後、ウォルターの野郎が仕掛けてくるならば一切容赦はしない。

 どうせメリルは俺のルートを選ばないだろうから、メリルから見えない部分で徹底的に叩き潰すつもりでいる。


 彼にとっては初犯だろうが、俺にとっては前科十七犯(・・・)なのだ。

 大いに私怨を含むところではあるが、某男爵にはイベントスチル十六回分プラス、現実に俺を嵌めようとしたことへの落とし前を、キッチリとつけてやろう。


 そんな風に後ろ暗いことを考えていると、不意に遠くからリーゼロッテの声が響いてきた。

 声量が大きく、よく通る声だ。



「ハルー! もうすぐライン引き終わるからー!」

「分かった! 上から確認してみるよ!」

「……校舎内じゃないんだから、護衛に任せりゃいいだろ。ガウルにでもやらせればいいのに」

「こういうものは、準備に手間をかけた分だけ当日が楽しいと聞いたよ」

「そういうもんかねぇ?」



 声を弾ませて、上機嫌で風魔法を発動させたハルが宙に浮く。そのまま空に羽ばたいていくハルを見送った後、俺は早々に帰路へ着くことにした。


 もう少し近況を話してからでもいいとは思うのだが。

 周りの委員たちも遠慮して距離を置いているのだから、俺が邪魔をするのも野暮だろう……という判断からだ。


 冬はイベントがそこまで多くなかったはずなので、これから先、パトリックの入学シーズンまでは少し楽ができるだろう。

 来月の体育祭が今年最後の大きなイベントかなと、俺は秋の空を眺めて思った。




 しかし、現実は甘くない。

 この後すぐ、俺は怒涛の勢いで騒動に巻き込まれることになるのだ。 



 体育祭の時期は、地域によって差がありますよね。


 それはさておき、次回、様々な出来事が色々な角度からアランを襲う!

 もうすぐ訪れる、アラン史上最大のピンチにご期待下さい。

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