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第七十三話 初めてのダンジョン



 俺が大枚をはたいて茶番を演じてから二週間ほどが経った。

 今日の俺が何をしているのかと言えば、メリルと二人で薄暗い洞窟を進んでいる。


 天井が低く、横幅もそこまで広くない通路を歩いているのだが。

 俺は曲がり角が来る度に、広範囲を爆撃するタイプの攻撃魔法を発動させている。


 前方の通路に中級の火魔法を叩き込み、魔物らしきものが炭になったのを確認してから。

 俺は後ろに付いて来ているメリルに手招きをした。

 


「よし、前方クリアだ。付いてこい」

「了解、後はボス部屋ね」

「ああ、いいペースだ。この分なら、初級ダンジョンは今月中に全部制覇できるな」



 学生生活を謳歌する学園パートの他に、攻略対象と共に冒険をする「冒険パート」というものがあるということは、随分前から分かっていた。


 今日からいよいよその冒険が始まり、その関係で、俺たちは薄暗い洞窟に潜入することになっていたのだ。



 魔力溜まりという魔力の吹き溜まりからは魔物が自然発生するので、定期的に間引く必要がある。

 今いる洞窟も王都からほど近い場所にあり、適度に魔力を散らすために破壊せず、むしろ初心者でも通い易いようにと整備されている場所だった。


 初心者用ということもあり、この洞窟は弱い敵しか出てこない。

 ただの学生でも、しっかりと事前準備をすれば倒せるくらいの魔物が出てくるのが初級ダンジョンだ。


 こういった施設がいくつかあり、一年生の目標は初級ダンジョン制覇になるのだが、そんなに悠長なことはしていられない。

 ゆっくりできない理由がいくつかあるので、一年目の秋か、遅くとも年内に攻略を完了する予定で準備をしてきたのだ。



「しっかし、これ反則よね」

「便利なのはいいことだろ?」

「そうなんだけどさ、冒険感ゼロでしょ……」



 毎度の如きメリルのボヤきを聞くことにはなったが、今回彼女が不満に思っているのは俺たちの装備品についてだ。

 俺たちは、金と技術にモノを言わせて作った、最強装備を身に着けていた。


 俺は魔力消費量50%カットと、魔法攻撃力増加の効果が付いた指輪が二つに、バッドステータスを打ち消すための腕輪とイヤリング、ペンダントの三点を身に付けている。

 それから敏捷性を大幅に上げるブーツを履き、魔法攻撃力を倍にするローブを身に纏い、更に、俺が唯一使えない聖属性攻撃魔法の代わりになる、極光の剣という名刀を装備していた。


 いずれもラストダンジョンに潜るような時期でしか手に入らない、最高の武装である。


 固有のバッドステータスが消えた上に、「原作」で高かったステータスが更に伸びた状態の俺が、最強装備をしているのだ。


 これで苦戦などしようがない。

 敵影を確認する前に、とりあえず通路の先に攻撃魔法を叩き込むという戦法を採った結果。

 ここに至るまでの間に一度も接敵することがなかったくらいには楽勝だった。


 「原作」だとターン制バトルに突入したりするのだが、敵の視認範囲外から奇襲を仕掛けているため、あまり交互に攻撃しているという感覚はない。

 これは……全て俺の先制攻撃で片付けていることになるのだろうか。


 まあ、近ごろはクロスも介入してこないので、概ね上手く処理されているということなのだろう。


 一般的な学生が初級の魔法を一、二発当てれば倒せる敵しかいないのに。

 その三倍ほどの威力を持つ中級の全体攻撃魔法を、装備品でブーストをかけた俺が乱射しているのだ。

 俺たちが通った後には骨も残さない有様であり、ふと振り返れば、通ってきた道は焼野原になっていた。



「ここ最近、アランのせいで全く乙女ゲームの世界に転生した気がしないんだけど」

「仕方がねぇだろ。ゲームなら体力が無くなっても街に強制送還で済んだけどよ、現実的にはそのまま死んじまうんだから」



 ゲームと違い、俺たちが生きている世界には慈悲などない。

 死んだらそこで終わりだ。

 騎士団との模擬戦や、魔法の訓練を積んできた俺はともかくとして。メリルの戦闘能力は最底辺だろうし、戦えるのか自体が怪しい。


 「原作」ではレベルが上がると、主に体力や魔力のパラメータが上がる。

 だが、この世界でもレベル制が採用されているのかは分からない。


 魔物を倒すと体が丈夫になったりするというので、恐らくレベリングは有効なのだが……どれくらいの恩恵があるのかはまだ分からない状態だ。


 もしも戦闘の経験値で純粋に体が強化されるというのなら、こんな初級ダンジョンとはさっさとおさらばしたい。

 もっと経験値効率のいい後半のダンジョンに、メリルを連れ回したいところである。



「にしてもこの格好はなぁ……」

「いいじゃねぇか。似合ってんぞ」

「アランの好感度を上げても意味がないでしょ。自分の好感度を上げるような服装をさせるって、どういう神経してんのよ」

「文句を言うな! 作ったのはクリスだ!」



 メリルはやや露出の多い、ロックな服を着ていた。

 黒が基調のパンツスタイルだが、服にダメージを入れてあったり、アクセントでシルバーを巻いてみたり、アクセサリはゴツめのものを採用するなど結構イカした恰好になっている。

 黒いエナメルの帽子にはステッカーが貼ってあったりもするし、実用性とオシャレ感を両立させた装備だと自負していたのだが……当のメリルからは不評であった。


 製作する装備の外見を聞かれた俺はクリスに大体のイメージを伝えたのだが、それで出てきた品物がこちらだ。

 俺としては仕上がりに非常に満足している。


 裏社会の帝王だった頃の俺が好むのはヴィジュアル系の恰好だったが、それは今の俺の好みからも大きく外れてはいない。

 正直に言えば、今のメリルの服装が俺の好みだと言うのは間違いないのだ。



「ただの女友達に自分好みの服をプレゼントするとか……普通に引くんだけど」

「プレゼントじゃないだろ。割引セールと言え」

「99.9%オフなんて、プレゼントみたいなものでしょうが」



 今のメリルは「原作」と比べて資金に乏しいのだから、そうするしかなかった。


 本来なら「資金力」のパラメータを上げて、実家のお手伝いやアルバイトで稼いでもらいたいのだが。

 オネスティ子爵家を取り巻く状況は日に日に悪化しており、毎月入るはずのお小遣いはごく少額になっているのだ。


 その上、入学初日に起こした事件への対処や、社交界でのアレやコレがまだ続いており、パラメータを鍛えるどころかイベントすら満足にこなせない日が続いている。


 ……まあ、イベントを起こせるような攻略対象がいるのか? という点は一度置いておこう。


 乏しい資金力でも装備を整えるために、俺はクリスのショップにてランダム(・・・・)イベント(・・・・)を起こし(・・・・)、メリルが入店した瞬間に全商品99.9%オフするという、謎の一大セールを敢行したのだ。


 値引きの幅はともかくとして。

 「原作」でもランダムで値引きイベントがあったのだから、これは全く「原作」の展開から外れてはいない。



「まあ、文句があるなら自分の金で装備を買い替えるんだな」

「何よもう……この装備と同じ性能の物が金貨一万枚って、バカじゃないの!?」

「値付けも原作通りなんだから文句言うなよ」



 メリルが住んでいた場所の貨幣。日本円に換算すると三億円くらいになるだろうか。

 大幅に値引きしたとはいえ、それでも値段は金貨十枚。日本円で三十万円だ。

 とても一介の学生に払える金額ではないのだが、子爵家令嬢のメリルになら無理なく払える金額だった。


 服一式のお値段としては法外だが、アルバート様がパーティに着ていく服にも、同じくらい(三億円くらい)の値段がする物が何着かある。


 高位貴族から見れば決して支払えない金額ではないし、それこそ冒険を進めれば、メリルでも買えるはずの値付けなのだ。



「うう……モノクロシリーズか、天女シリーズが良かったのに」

「さらっとハルに効く服装を選んでんじゃねぇよ」

「単純に服の好みがそうなのよ。エールハルト抜きで」

「本当かよ……って、おっ。ボス部屋か」



 ダンジョンの最奥に到達すれば、そのダンジョンで一番強いモンスターが現れる。

 俗に言うボスというやつだ。



「じゃあメリル。下がって見てろ」

「最初のボスは火が弱点だっけ?」

「おう。それじゃ扉を開けて……火の槍(ファイア・ランス)



 扉を開けた俺は、部屋の外から中級の火魔法を撃ちこみ……数秒後に爆発が起きた。


 遠目に確認したが、一撃でボスは跡形も無く消し飛んだようだ。

 これで最初のダンジョンをクリアしたことになる。



「あっ、レベル上がったっぽい。何か体が軽くなった」

「ん? 俺もだな。数字じゃ見えないけど、やっぱり何かはあるみたいだ。……まあいい、さっさとお宝を回収して帰るか」



 ダンジョンのボスを倒せば、確定で何かしらの宝箱が現れる。

 今出現したのは木箱のようだが、箱の装飾品が華美になるほど中身が豪華になるらしい。


 どういう原理だ、などと聞いてはいけない。

 そういうシステムになっているのだ。


 ボスを倒すと宝箱が出てくるという仕組みに、疑問を持っている人間が誰もいないのだから。俺もそのように割り切る。


 さて。箱を開けてみると――初級ダンジョンだけあってしょっぱい報酬だったが、こんな場所は通過点である。お宝は中級以上のダンジョンに期待しよう。


 そう考えつつ、俺はボス部屋の中央に現れた、地上へ帰還するための魔法陣の上に乗った。



「この分なら暫くは一撃で終わらせることができそうだな。王都襲撃までにサクサクレベルを上げていくぞ」

「私が思っていたのと、なんか違うんだけど……」

「いいんだよ、細けぇことは。楽に越したことはないだろ」

「それはそうなんだけど、うーん……」



 初めてのダンジョンがあっさりと片付いたからか、釈然としない顔のメリルを伴って、俺はダンジョンから帰還を果たした。


 今後も今日と同じように、順調に進めていきたいものである。






 その翌日。


 メリルと二人っきりでダンジョンに潜ったことをエミリーから詰められることになるのだが、それはまた別の話。



 新作投稿しました。

 勇者外伝~主人公は俺じゃないみたいだから、異世界ライフを満喫したい~


 下部にリンクを貼ったので、よろしければそちらもお読みください。


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