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第六十八話 全面勝訴



 襲撃は夜半に行われたため、公爵邸に帰ってきたときには夜が明けていた。


 集合から解散までの時間を考えれば、夜通し大立ち回りをしたわけだが。そんな俺たちを待っていたのは、満面の笑みを浮かべる公爵夫妻だった。

 その後ろにはエドワードさんとケリーさんも控えている。


 門前で待ち構えていたので逃げることもできず、俺は門前からアルバート様の執務室まで直に連行されて、事情聴取を受ける運びになった。



「抗争の場にリーゼを連れて行った……だって?」

「ああ、何てことかしら」



 娘を朝帰りさせた執事を問い詰めてみれば。

 違法な研究を行なっている反社会的勢力の拠点へ殴り込みをかけていたというのだから、公爵夫妻も目を丸くしている。

 非常に嘆かわしそうな表情のまま、俺の責任が追及された。



「アラン、流石にこれは看過できないよ。君の責任問題だ」

「はい……承知しております」

「リーゼも、大人になってきたと思ったのに……」

「申し訳ございません」



 実はリーゼロッテにパトリック関連の問題を報告したとき、当然の如く参戦の意思を示したので、俺は一度止めた。

 とは言え。結局集合場所に現れたので、諦めて現場まで連れて行った俺には謝ることしかできない。


 このまま執事を解任という話に進みつつあったのだが。そんな折にリーゼロッテが現れた。



「ちょぉっと待ったぁ!」

「リーゼ、部屋で待っているように言ったじゃないか……って、あれ?」



 リーゼロッテ一人ではなく――何故か親分と一緒に登場した。

 堂々と扉を開いた彼女は、公爵邸に似合わない、悪人面の男を背後に連れていたのだ。

 


「こんなこともあろうかと、昨日のうちに弁護人を手配しておいたわ!」

「いや、弁護人って……ロベルトが?」

「そういうことになる。ったく、主従揃って、親子揃って……」



 非常に嫌そうな顔をしつつ、親分はソファにドカリと腰掛けた。

 そしてお茶の催促をしてから、対面に座る公爵夫妻をジロリと睨み付ける。



「おいアルバートよぉ。この嬢ちゃんが無鉄砲なのは、どう考えても遺伝だろ」

「そ、そんなことはないさ」



 そう言いながらも目は泳いでいる。

 恐らく心当たりがあるのだろう。



「そうか? 少し気に入らないことがあれば、すぐ殴り込みをかけていた男がいた記憶があるんだがな」

「そ、そうだったかなぁ? ……おい、娘の前だぞ」

「その娘さんから呼ばれてここにいるんだよ、俺は。忘れたなら一個ずつ数えてみるか? お前が何回事件を起こしたか」



 何となく聞いてはいるが、アルバート様も若い時分には随分とはっちゃけていたそうだ。


 侯爵家と伯爵家の婚約式にスラム街の荒くれ者たちを率いて乗り込み、式場からキャロライン様を拐ってきたと聞いたのはいつのことだっただろうか。


 様子を見るに、それ以外にも沢山の前科がありそうだ。


 長年の相棒だという親分が同席しているのだから、嘘をついてもすぐにバレる。

 上手い切り返しが思いつかないのか、アルバート様は押し黙ってしまった。



「あのね、ロベルトさん。これはうちの教育問題なの」

「キャロラインさんよぉ。教育を放ったらかしたから、娘さんがこうなったんじゃないのか?」

「そ、そんなことは……ないわよ?」



 それに関しても正論だ。

 公爵夫妻は二人揃って、目線が泳ぎ始めていた。



「娘に嫌われたくないからって叱りも怒りもしねぇで、使用人にぶん投げてたんだろ? そのくらいは俺だって知ってんだよ」



 親分は立ったままの俺に目線を送り、すぐにまた夫妻の方を見て言う。



「そもそもアランを雇いたいって話だって、そこから始まってんだろ。ケツはキッチリ持てよ」

「そうは言うがね、アランはそれが仕事なんだよ」



 雇用主と執事の関係なのだから、その意見も間違ってはいない。

 俺はアルバート様の意見に納得しかけたが、親分は溜息を吐いてから続けた。



「いくつ仕事させてんだよ。執事に令嬢の教育係に、護衛と公爵邸の施設管理」

「うっ」

「後は魔法の指導と、学校で付き人か。んで……最近は魔道具やらの事業と、それ関連の貴族対応だろ? 俺が知ってる他にも何かあるんじゃねぇのか」

「いや、それは、まあ」



 親分が指折り数えていくが、冷静に考えれば確かにおかしい。

 ハルと仲が良いという理由で第一王子御一行への対処も一任されているし、陛下への対応を任されることもある。

 事業への投資は俺の責任だとしても、俺一人で、一体いくつ仕事を任されているのだろう。



「ま、まあ。任せ過ぎというのはあるかもしれないが、我々もアランを信頼して任せたんだよ」

「そ、そうよ? アランならできると思って」



 公爵夫妻は揃って目を逸らした。

 ……もしや、今まで俺がオーバーワークだということに気付いていなかったのだろうか。

 その様子を見た親分は呆れたように言う。



「お前らなぁ。このままじゃ過労で死ぬって、コイツはスラム街にまで人を雇いに来てたんだぞ? 仕事の量を管理するのは、雇い主の役目じゃねぇのかよ? ああ?」

「うぐっ……」



 全く以って、全て正論である。魔道具を中心とした事業が始まる前ですら、手が回らないような状態だったのだ。

 公爵家から貰っている給料では人を雇うほどの余裕はなかったし、自分で収入源を作れたからこそ人を雇うという決断ができた。



「この仕事量ならミスるのも当然だし、負担を減らすために自腹まで切ろうとしてたんだ。大元の責任はお前ら二人にあると思うんだがなぁ」

「うっ……」



 まあ、その事業の金の出どころは公爵家だが、それはそれ。

 俺に尋常でない量の仕事を振っていることは間違いない。


 だが、ここで公爵夫妻を責めても仕方がないので、俺は黙って前を向いている。



テメェ(じぶん)がやらかしたことの責任を部下に押し付けるってのは、お前が一番嫌いな貴族像だと思ったんだが、そいつは間違いか?」

「それを言われると……何も言えないね」

「だったらアランを責めるなよ。まずは自分がやってきたことを振り返れ」



 そこで話を締めて、親分はエドワードさんから出された紅茶を一杯飲んだ。

 そして、バツが悪そうな顔でアルバート様は俺に言う。



「済まなかったね、アラン。事情もよく聞かずに責めてしまって。今までも大変だったろう」

「気づいてあげられなくてごめんなさいね、アラン……」

「いえ、お叱りを受けるような行動だったことに違いはございません」



 ここで相手の非に付け入れば反感を買うだろう。だから俺も反省の弁を述べて、丸く収める方向での着地を試みた。

 そして相手も大人なので、ここは無難に決着させるのが吉と見たらしい。



「では、ひとまず今回の件は不問にしよう。屋敷の業務も後輩に引き継いでいい頃だろうし……今後もよろしく頼むよ」

「執事続行よ! やったわね、アラン!」



 ここまで見越して親分を召喚していたのであれば、リーゼロッテも知恵が回るようになってきたものだ。

 責任追及を免れた俺は、切り出すならこのタイミングだと判断し、公爵夫妻へ目録を提出する。



「今回の件ですが、押収した物品がございます。目録はこちらにございますので、ご査収ください」

「……これは?」

「……目録?」



 もちろんこれで一件落着とはならない。

 俺の方から、追加で言いたいことがあるのだ。


 嫌な予感がするとばかりに身震いをした公爵夫妻に対し、俺は微笑みながら告げる。



「昨夜襲撃したのは、違法な実験を繰り返す研究施設でした。禁術関係もございますので、王宮での追求に必要なものかと存じます」

「禁術」

「王宮」



 単語を呟くことしかしない夫妻に、にっこりと笑いかけながら俺は続ける。



「はい。背後には複数の貴族が絡んでいることを確認しております。必要とあれば、ウィンチェスター侯爵家のパトリック様も、証言をして下さいます」



 いい流れが来たのだから全部言ってしまえ。

 そう考えて巻くし立てれば、公爵夫妻の目が再び泳ぎ始めた。



「ま、待つんだアラン。何故そこで侯爵家が出てくるんだい?」

「そ、そうよアラン。ウィンチェスター家のご令息が、どこで絡んでくるというの?」

「その研究施設に売られていました。人体実験の被験者として使用される予定だったそうです」



 公爵夫妻、絶句である。

 怯んでいるうちに既成事実を作ってしまおうと、俺は更に追撃する。



「大変優秀そうな方でしたので、私の秘書として雇うことにしました。既に契約書も交わしてあります」

「はあ!?」

「どうしてそんなことに!?」

「ウィンチェスター家の財政が苦しいそうで、魔道具事業参入と引き換えに部下となってもらいました」



 公爵夫妻は意外とメンタルが弱い。

 特に、予想だにしない出来事が突発的にやってきた場合は、卒倒する場面を何度も見てきた。


 そう、パトリックの実家は侯爵家だ。

 いくら貧乏であろうと、貴族の序列で言えば上から二番目。公爵家に次ぐ階級である。


 そこのご令息を名誉子爵……身分上は子爵だが、何の権力も持っていない俺が雇用しようと言うのだ。絶対に揉め事になると判断した夫妻は、俺に待ったをかけようとしたのだが。



「まさか止めろなんて言わねぇよな? アランの頼みで、俺が推薦したんだが……」



 と、親分が言ったものだから、夫妻はフリーズした。

 この状況は、娘のお付きをスラム街から引っ張ってこようと、アルバート様が親分に頼み込んだときと同じだ。


 アルバート様としても同じようなことを頼んだことがあるのだから、止める道理はない。

 それに、ここで断られれば親分のメンツは丸潰れである。


 もし強引に止めようとすれば、それこそ親分から落とし前(・・・・)を付けられることになるだろう。

 スラム街の人間はナメられることを嫌い、メンツにとことん拘る。この場合は下手をすれば全面戦争だ。


 ……公爵夫妻と親分の力関係は分からないが、何となく親分の方が上な気がする。

 少なくともこの案件だけ見れば、完全に親分の方に分があるように見えるのだが、どうなるだろうか。



 俺が固唾を飲んで見守っていると。

 結局、公爵夫妻は何も言えないまま首を縦に振った。


 襲撃事件の後始末を押し付けることができたばかりではなく、パトリックの秘書就任も認めさせたのだ。

 しかも公爵邸での仕事を減らすという約束もしたので、全てが俺の利益になる会談だった。


 結果は全面勝訴と言っていいだろう。


 こればかりはリーゼロッテのファインプレーだと思い彼女の方を見れば、主は俺に向けてウィンクをした。




 親分の名前、ロベルトです。第一話を書いた時点で名前は決まっていましたが、呼ぶタイミングが無かったので、判明するまでに68話もかかりました。


 さて、次話はウィンチェスター家との折衝ですが、そこでアランは思わぬ出会いを果たすことになります。乞うご期待。

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