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「僕にも夢遊病って、どういうことかな」
さすがに、これには呆れてしまった。ヤンデレめ、とんでもないことを言いだすものだなぁ。
あまりのことで感心していると、里穂が「やっぱり!」という謎の返答をした。
謎すぎて、よく理解ができない。
質問するのが怖いが、小夜に質問させるとペースを握られてしまう。
そこで僕が聞くことにしたわけだけど。
「えーと……里穂、何が『やっぱり』なのかな」
「実は目覚めたとき、触られていたような感触があったのよ」
「……何を?」
里穂が頬を朱に染める。最近やっと学習した。これはろくでもないことを発言するサインであると。
「もちろん、高尾に触られていた感触が!」
いやまった。そんな話、今のいままで出てこなかったのに。
ここで小夜が腕組みして、「やはりでしたか」と言うのだ。
なんだこの後だしジャンケンの波状攻撃は。
「やはり水沢さんには、夢遊病が起きていましたか。そして眠りながら、里穂さんにむしゃぶりついていたのですね」
「むしゃぶりついていたのね、高尾!」
とりあえずムダと承知で主張しておく。
「冤罪だから。冤罪もいいところだから」
しかしこの世の中、『これは冤罪だ』という声ほどかき消されるものだよね。
今回もかき消された。
「それで渋井さん。どちらを触られていたのですか?」
里穂がきょとんとした。
「どちら?」
「身体のどの部位を」
「えーと」
里穂が答えを迷う。
当然だよね。触られた感触などという話、小夜の『夢遊病うんぬん』に乗せられての嘘であることは、わかりきっているのだから。
小夜が腕組みしたまま、難しい表情で言う。
「なるほど。候補が3つあるのですね。胸か、太腿か、わきか」
なんだ、そのチョイスは。
里穂は口をぽかんとあけて、小夜を見返した。
「え、そうなの?」
「分かりました、渋井さん。ここはどこを触られていたのか、明らかにしましょう」
「え、明らかにするの? どうやって?」
「あらためて水沢さんに触られていただきます」
「「えぇ!」」
里穂とハモった。
まった。僕はいいけど、なぜ里穂まで驚ているのだろう。もう小夜の暴走は、里穂が想定していた状況を越えているに違いない。
ならば里穂だけが、この流れを止められる。
触られていた云々の話は嘘でした、と白状することで。
というか止めてください。
ようやく里穂が、覚悟を決めた表情になる。うんうん、自分が嘘をついたと認める気になったか。偉いぞ、里穂。
「そうね! 実際に、高尾に触ってもらいましょう! それで判断がつくわ!」
そっちの決意か。
小夜が、僕の肩を励ますように叩いた。
「ひとまず、難易度の低い『わき』からいきましょうか? 挑戦する準備は良いですね、水沢さん」
なんで、挑戦者みたいなことになっているんだろ。
朝食が遠のく。




