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いざというとき大切なのは、避妊である。
……間違えた。避妊じゃなくて否認。
「なんのことかな、里穂」
「あたしの寝込みを襲ったわね、高尾。その弱みを握られた以上、主導権はあたしのものよ」
と、勝ち誇る里穂。
当人の設定としては、いまさっきまで寝ていたはずなんだけどね。凄まじく覚醒しているようじゃないか。
「いやいや、弱みなんかは握られてないよ。証拠がないじゃないか。僕はただ、君の寝技を解いただけ」
「ふーん。それが通用するかしらね」
里穂がテーブルの上のバッグから取り出したのは、スマホ。
「実は一部始終を動画撮影していたのよ」
「隠し撮りしていたのか」
「違う違う。撮影していたのを忘れて寝ていた的な?」
『?』で終わっているところに、当人も確信が持てていないのが分かる。
「まった。撮影していたのなら、それは里穂が寝技をかけてきた証拠じゃないか。僕が無実ということで」
「寝技なんかかけてないわ。ただちょっと寝相が悪かっただけ、それをいいことに襲ってきたのは高尾のほうでしょ。それに、いざというときの編集という作戦もあるし」
こうしてフェイクニュースは生まれるのかぁ。
戦法を変えよう。
里穂の良心に訴えるのだ。
「千沙ならともかく、まさか里穂がこんな卑劣な手を使ってくるとは。僕は大いにガッカリした」
「残念だけど、高尾。あたしの良心に訴える手は食らわないわよ。というのも、いまのあたしは本気モードに入ってしまったのだから」
「つまり?」
「本気になったあたしは、手段を選ばないわよ。千沙でさえも、寝技からのスマホ隠し撮りなど思いつかないはず」
しまった。良心に訴えるはずが、逆に里穂を得意にさせてしまった。里穂にとって、仮想敵は千沙だったということかぁ。などと分析している場合じゃない。
「僕の弱みなんぞ握って何がしたいんだ?」
里穂はまず立ち上がって、部屋の照明をつけた。それからいきなり急接近してくる。まるでキスでもするように──
というか、キスする気だ!
横っ飛びで回避。
「あ、高尾。こんなときだけ素早い」
「いつも敏捷性には自信があるほうだけど。そんなことより、なにをするんだ」
里穂の瞳の輝きが、なんか妖しい。夜だから、変なテンションになっているのでは。
「今夜、あたしの部屋を選んだということは、これはもう最後までいくしかないということよ」
僕は固唾をのんだ。
「最後というと」
里穂が頬を赤らめつつも、宣言口調で言う。
「セックス」
「ぐあっ」
勢いで倒れる。
「死んだふりしても通用しないわよ!」
里穂に飛び掛かられた。なぜ死んだふりなんかしてしまったのだろう。いまどきクマ相手にも使わない手だよ。
里穂が寝技をかけてくる。
だから、なんでこんなに強いのこの子は。
「観念しなさい、高尾。流れに身を任せなさい」
流れに?
そういえば、里穂の匂いがする。この柑橘系の香りに──意識がなんかとろんとしてきた。
流れに身を任せてもいいような気がしてきた。
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