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コンドームの箱を持ったまま廊下に出て、ハッとした。何てものを持って、食事に行こうとしているんだ。
いったん部屋に引き返し、テーブルに放っておく。ふと振り返ると、小夜が近い。
「小夜、ホラー映画の殺人鬼みたいに接近しないでくれるかな?」
「憧れたときもありました」
この発言からしても英樹がいつか犠牲になることは、やはり変えられぬ運命らしい。
「実は先ほど、仲居さんから相談されまして」
「相談?」
「はい。わたくしたちが食事処に行っている間に、布団を敷いていただくのですが。その数です」
「なるほど。つまり、僕が泊まる部屋は布団を2人ぶん敷かなければいけないわけだからね」
「いえ、ですから──すでに回答は済ませてあります。水沢さんがどの部屋で寝られるにせよ、その相手と肌を重ねて唾液交換するので、布団は1人ぶんで結構ですと」
「……」
なに、余計なこと言っているんだ。
あと表現がムダに生々しい。
★★★
夕食は美味しかった。デザートのシャーベットも味わい深かった。
そして、そろそろ決断のときが近づく。
いざとなったらマッサージチェアで寝る、という選択肢もある──と思ったら、『夜24時以降はご使用できません』という張り紙があった。
「小夜。そこまで手を回していたとは」
「いえ、それはたまたまです。さて、ここからが本題ですが──水沢さんはまだ決めかねているご様子。そこでわたくしが提案いたしますのは、ぱんぱかぱーん」
小夜が言うと、『ぱんぱかぱーん』でさえも不気味に響く。
「水沢さんには、これより30分間のお試しタイムを、各部屋で取っていただこうと思います」
「つまり?」
「滝崎さん、渋井さん、千沙さんの部屋にて、2人きりで30分過ごしていただくわけです。また挿入された場合、その時点で他の部屋でのお試しは中止とさせていただきます。ですので、全ての部屋で挿入することは不可能です。あしからず水沢さん」
「……君、ただのセクハラ発言少女と化している自覚はあるのかな?」
「おや水沢さん、まるで小学生のようなことをおっしゃいますね。わたくしの言う『挿入』とは、『スマホの充電器をコンセントに挿入する』という意味合いの挿入だというのに」
「……で、3人に話は?」
「先ほどの夕食時にしてあります」
そういえば、小夜が真紀さんたちと何やらヒソヒソと話していたっけ。常に次なる一手を打っている策士か。始末に悪い。
「さ、どなたから始められますか? とはいえ優柔不断の水沢さんですので、お一人ではいつになっても決められないでしょう。そこで、わたくしがお手伝いしてさしあげます」
そう言うなり、小夜はメモ用紙に『あみだくじ』を書いた。
「さ。どこにするかくらいは、ご自分でどうぞ」
あみだくじの結果──はじめは里穂。
「里穂か……今日の里穂のテンションだと、安心はできない」
小夜がコンドームの箱を渡してくる。僕がしぶしぶと受け取ると、小夜は敬礼した。
「では水沢さん。行ってらっしゃい」
「……楽しそうだね」
「はい、隠しカメラを設置できなかったのが残念です」
「……」
とりあえず、はじめに隠しカメラがないか探したほうが良さそうだ。
小夜ならばやりかねない。
こうして僕は里穂の部屋に向かった。
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