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里穂に助けられことは分かったが、ここで一人足りないことに気づく。
「千沙はいまどこに?」
「マッサージチェアのところにいたけど」
千沙が大人しくマッサージを受けている性格とも思えない。最近、陽菜さんの脅威にさらされていてかすんでいるが、千沙も侮りがたい。
何か企んでいても困るので、ひとまず様子を見にいこう。
すると意外なことに、本当にマッサージチェアでリラックスしていた。目をつむっているので、寝落ちしているのかも。
きびすを返して立ち去ろうとしたら、呼び止められる。
「ちょっと水沢くん、スルーは良くないなぁ」
「気持ちよさそうにしていたから。というか、よく僕が来たことに気づいたね」
「好きな人の匂いは、すぐに分かるらしいよ」
スルースキルとは、こういうときに使うのだ。
「立ち去るのは早いよ、水沢くん。私たちは改めて契約できると思う」
「……契約?」
いまやマッサージチェアから立ち上がった千沙は、何やら決意のまなざし。
「水沢くんとなら、初体験してもいいよ。そうして姉さんを打ち負かすよ」
「なにか論理性が失われているような。どういうこと?」
「つまりね、これは姉さんの罠。わたしを追い込むことで、逃げるだろうと思っている。そこであえて、水沢くんと一夜を共にすることで、姉さんを見返すわけ。この裏の裏を読む作戦、水沢くんに分かるかな?」
そういう結論に至ったあたりからして、すでに陽菜さんの手のひらの上のような気がする。
しかし今の千沙に言っても、通じなさそうだ。
これが小夜と陽菜さんの企み。異様な状況に置かれたことで、精神がおかしなことに。
それは僕も例外ではないのか。
というか、本当に今夜はどこの部屋で寝ればいいのだろう。
迷いながら歩いていると、また里穂と再会した。
「千沙はいた?」
「いたよ」
「それでね、高尾。あたし、改めて考えたのよ。コーヒー牛乳飲みながら、じっくりと。そして糖分が脳細胞を刺激し、ついに答えを導いたわ」
「ふーん」
「行きの車内で高尾が落としたアレ。女児に人気なキャラとコラボしていたアレの正体が」
「……いまさらその話!?」
里穂が手招きするので、僕は一歩近づいた。里穂は頬を赤らめつつ、潤んだ瞳で耳元に囁いてくる。
「高尾、今夜待ってるわよ」
「そんなバカな。里穂にこんな高等な真似ができたとは」
「やればできる子、それがあたし。女児とコラボしたアレを、忘れちゃダメよ」
そう言うなり、里穂は去った──コーヒー牛乳の瓶を捨てに。
僕はまだ飲みかけなので、ちびちび飲みながら戻る。
とりあえず小夜の部屋に入る。小夜は、窓際のところにある椅子に腰かけていた。
ちなみのこの窓際のスペースのことを、広縁というそうだ。昨夜のクイズ番組でやってた。
「水沢さん。ついにわたくしから、このアイテムを受け取るときが来たようですね」
そう言ってテーブルから、女児とコラボしたアレを取り上げる。
「いや、いらないけど」
すると小夜がハッとした様子で、
「これを装着せずに行うというのですか! それは許せませんよ! 避妊しないなんて!」
「いやいや、そもそも行わない選択肢を取るという話なんだけど」
仕方なくアイテムを受け取っていると、真紀さんが入ってきた。
「2人とも夕食の時間だよー。あ、高尾くん。いま持っているそれって、もしかして──」
里穂は正体に気づいたようだけど、ついに真紀さんまでもコンドームと知った?
しかし真紀さんは朗らかに言うわけだ。
「女児に人気のキャラだよね」
里穂より世間知らず、だと。
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