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土曜日、強化合宿の出発日。
朝。
小夜が順繰りに迎えにきて、僕たちは車に乗り込んだ。
今更ながらの話だけど、ドライバーは井出家お抱えの運転手らしい。
小夜が助手席。2列目は僕と真紀さん、3列目は千沙と里穂。
しばらく走っていると、小夜が身をひねって僕に言った。
「水沢さん。陽菜お姉さまからです」
片手を伸ばしてくる小夜。
洋画でよく見る『麻薬渡し握手』で何やら渡された。
見やると、人気キャラクターの薄めの箱だ。
「……なにこれ?」
「お分かりにならないのですか? ハーレムを築き上げようという方にしては抜けていますね、水沢さん」
分かった。その言い方で分かった。
コンドームだな。
にしても、パッと見で分からないよう工夫されているのか。しかも、あの人気キャラクターとの謎のコラボ。
逆に迷惑。
「ワンツーパス」
「ワンツーパス拒否パスです」
「どんなパスそれ」
ワンツーパス拒否パスのせいでコンドーム箱が落ちた。
「あぁ!」
僕が取り上げる前に、真紀さんが拾う。
「高尾くん、落ちたよ」
「真紀さん──」
真紀さんはたいした興味もなく箱を眺めている。
反応、薄いな。まさか見慣れているのか!
というショックを通り抜けて気づいた。
真紀さん、何の箱だか気づいてないな。
だがもっとじっくり見れば、説明書きとかに『コンドーム』表記を見るはず。
それは阻止せねば。
だがしかし、本当にそんな態度でいいのか。
コンドームは恥じるものではない。避妊や性感染症を防ぐため、とても大事なものだ。という話を保健の授業でしていた。
うーん。とはいえ、やはり真紀さんに僕が持ってきたと思われたくはない。
ならば、どうやって自然体で取り戻すのか。策を講じるのだ、水沢高尾。
「高尾くん。何か苦悩しているようだけど、平気?」
「苦悩しているから、その箱を返して」
「いいよ」
真紀さんはコンドーム箱を僕に渡そうとし──ふと止まった。
「ところで高尾くん。これ、なんの箱?」
うっ、このタイミングで。
全て承知した上で、それを尋ねてきたのでは?
しかし真紀さんの表情に悪意は感じられない。
純粋なる好奇心しか。
「えーと」
3列目の里穂が身を乗り出して、箱を取った。一瞬でもシートベルトを外すとは、法律違反じゃないか。
僕は後ろを見やって、
「里穂。返せ」
「このキャラクター知ってるわよ。女児に人気なのよね」
女児に人気なキャラクターとコラボするってどういうことだ。
「何が入ってるのかしら」
無邪気な表情の里穂が箱を開けようとした。
なんか地獄絵になりそうだからやめて。
そんな里穂の手から、隣にいる千沙が箱を取り上げる。
「こんな薄い箱に何が入って──」
ふいにその表情が凍り付いた。
あ。気づいたな。
千沙はゆっくりとコンドーム箱を持った手を伸ばして、僕へと突き出した。
「……水沢くん。落とすと、危ないなぁ」
「どうも」
箱を受け取って、ゆっくりとした動作で助手席の小夜へ渡す。
「とりあえず、預かっておいて」
「構いませんが」
真紀さんが小首を傾げる。
「まるで地雷撤去作業のような慎重な動作だね?」
その表現は、間違ってはいない。
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