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千沙だけを現実逃避させておくのは、何というかズルい。
というわけで現実に意識を戻させようと、つついた。わき腹を。
「ひゃん!」
とたん千沙が変な声を上げる。
「え、何事?」
耳まで赤くし、うっすらと涙の光る眼で睨んできた。
「へ、変なところ、突かないでくれるかな水沢くん」
陽菜さんはなぜか嬉しそうだ。
「妹の性感帯を、姉の目の前でつつくなんて──水沢高尾くんは変態さんかな?」
「性感……帯なんて知るわけがないでしょうが」
すると小夜が意味なく瞳を知的に輝かせて言う。
「陽菜お姉さま。無意識に性感帯を責めるとは、水沢さんは素質がありますね」
「やっぱり? 私には分かっていたんだよ。水沢高尾くん、いよいよ本気を見せてきたね」
千沙が警戒の眼差しを向けてきた。
「まだまだ本気を見せてなかったというわけだね、水沢くん」
「君まで乗っかるなよ」
この無益な会話を切り上げよう。というわけで、僕は話題の舵取りをした。
「さっきの話ですけどね、陽菜さん」
陽菜さんは『分かってる分かってる』と言わんばかりにうなずき、
「千沙の性感帯の一つがわき腹であると見抜いた、君のスキルの話だね」
「いえ全然、違います」
「千沙のわき腹に、ほくろがあるという話だった?」
「違うという以前に、なんだその暴露は」
小夜がPCを弄りながら、
「webの性格診断サイトによると、わき腹のほくろは『S気質に見えて、実は隠れM』とありますね。なるほど、なるほど。参考にしてくださいね、水沢さん」
「参考にしません。あと千沙がなにげに涙目だから、もうイジメないであげて」
千沙が目元をぬぐう。
「この涙目はあれだから。目にゴミが入っただけだから」
小夜と陽菜さんがコソコソ話し合うのが聞こえてきた。
「隠れMにしては打たれ弱いですね」
「だからこそ隠れたMなんだね、小夜ちゃん」
「あのですね。本題に入りますけど、つまり精神的に僕が真紀さんを云々という話のことです」
「ああ、それ。つまりね、水沢高尾くんは実は滝崎真紀さんに惹かれている。これは昨日の会合から明らか。当人は自覚ないみたいだけど」
いえいえ、自覚はありますよ。フラれただけで。
しかし昨日の短いやり取りで、それを見抜くとは。
さすが千沙のお姉さん、頭のネジが2本ほど外れてはいるけど、鋭いところは鋭い。
「だけど水沢高尾くんは、里穂ちゃんと将来を約束した関係でもある。もしや君は──」
探偵が謎を解くときのような煌めく瞳で、
「ハーレムを作りたいのでは?」
前言撤回。やっぱり、何ら鋭いところはなかった。
一方、小夜はなんか感心しだした。てっきり陽菜さんの迷推理への賞賛かと思ったが。
「そうだったのですか、水沢さん。まさかハーレム計画を、このご時世にやろうとするとは。世間の反感を買うことは恐れぬ、その決断力。あと性欲。さすが英樹のご親友だけありますね。正直なところ、尊敬いたします」
ふざけた誤解をされた上に、その誤解を前提として尊敬の眼差しを向けられた。
そもそも尊敬ポイントがおかしいよ、このヤンデレ。
「しかし、どうしますか陽菜お姉さま? 水沢さんの野望が明らかになったところで、計画の変更は?」
「だめだめ。計画の変更は認めないよ。相手が誰だろうとも、千沙が水沢高尾くんを寝取り返す。これを規定路線として、週末のデート計画に備えよっか」
振り出しに戻った。
「提案があります、陽菜お姉さま。週末デートには滝崎さんと渋井さんもお呼びしては? すなわち、ハーレム型デートからの寝取り返しによる千沙の勝利宣言へと至ることで、この計画は栄光を勝ち取るのです」
「さすが小夜ちゃん! その計画、最高だよ!」
いや、余計ひどいことになった。
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