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僕と里穂の相合傘。
を、呆然と眺めていると、近くにいた長本三咲と目があった。
「まぁ、お似合いなんじゃないの」
「……」
なんか腹立つけど、それどころではない。
朝のホームルームが始まる前に、真紀さんと話さなくては。
自分の席に行き、隣席の真紀さんに声をかける。
「いやぁ、真紀さん。おかしなことになったね。どうしてこんなことに──」
「高尾くんが誰とイチャイチャしていても、わたしの関知することではないよ」
というなり、真紀さんはそっぽを向いた。
「えーと真紀さん。なにか拗ねてる?」
「別に拗ねてないよ」
いや拗ねてるよね。
さらに里穂は里穂で、迷走への道を進んでいた。
1時間目の休み時間でのこと。
「高尾。封じ込めに失敗した以上、行くところまで行くしかないと思うのよ。カップルとして突き進むしかないと思うの、うん」
「……後学までに聞くけど、その道はどこに行きつくのかな」
「え? カップルが行きつく道? そうね──」
里穂は眉間にしわを寄せて、大いに悩んだ。
そしてようやく出た解答というのが、
「やっぱり、ホテルかしら?」
「……」
「高尾、避妊具を用意するのが男の務めよ」
「……」
これは、一種の『予言の自己成就』では?
それにしても封じ込め失敗の原因、すなわち情報の漏れはどこから起きたのだろう。
ちょっと整理しよう。
僕と里穂が付き合っている設定がありました。
厳密にいうと、僕は千沙と付き合っていることになっていたので、里穂が寝取ったという設定。
その設定に対抗して、千沙が僕を寝取り返すという設定が生まれました。
そして、僕と里穂の付き合っている設定がクラスで暴露されるに至り、いわばそれが既存事実と化し──
「なんだこれ、ややこしすぎる」
里穂がうなずいた。
「まるで超ひも理論のようね」
「……超ひも理論って、なに?」
「知らないわ」
放課後。
一人で下駄箱のところにいると、千沙に声をかけられた。
今日、話すのは初めてだ。
「里穂との相合傘が陽菜さんに知られたら、厄介かな?」
僕がそう尋ねると、千沙は首を横に振る。
「別に問題ないよ。どうせ、私が寝取ることに変わりはないし。あ、まった。寝取り返すんだっけ。寝取り返す、寝取り返す、寝取り返す」
「あの千沙……」
「寝取り返す、寝取り返す、うんっいけそう」
千沙は千沙で、里穂とは違うベクトルでおかしくなっている。
できることなら千沙の両肩をつかんで揺すぶって、「しっかりしろ」と怒鳴りたい。
「だんだん、千沙の精神状態が心配になってきた」
千沙は小首を傾げた。
「変だよねぇ。私、子供のころは精神が不安定すぎるって、よく言われていたんだけど。ここ数年は安定していたのに。姉が白鉦学園で寮生活を始めたあたりから──」
「それはもう理由が明々白々なのでは」
校舎を出ると、今日もまた小夜の車が待っていた。
「お二人とも、お迎えにあがりました」
「別に逃げたりはしないから」
「いえいえ、お構いなく。あ、あれは英樹ではありませんか?」
小夜の視線を追うも、英樹の姿はない。
と思いきや、遅れて3秒後、校門から英樹が現れた。
しかし、小夜が英樹を見つけたとき、まだ英樹は姿を現していなかったのだ──
これがヤンデレの力だというのか。
ちなみに英樹は小夜を見るなり、驚異の速度で走り去った。
小夜が、うふふと笑う。
「可愛いですねぇ英樹は。一生懸命に走れば、わたくしから逃げられると思っているのですから。ですが、いまは夢を見るのもいいでしょう。いつの日か、『逃げられる』という希望が幻想だったと気づくのですからね」
ふと気づいた。
僕も英樹も、すでに逃げ場はないのだ。
少なくとも、全力ダッシュで夢を見れている英樹はまだ、幸せなほうか。
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