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客間は妙な静けさに包まれていた。
飲み物を出してもらい、それぞれ好きな場所に座っている。
僕の両隣は、真紀さんと里穂。
向かい側に陽菜さん。
千沙は少し離れたところで立ち、様子をうかがっている。
まてよ、扉が近くにあるので、あれはいつでも逃げ出せる場所か。
と思っていたら、玄関から足音が近づいてきて、小夜が客間に入ってきた。
そして状況を確認するなり、客間の扉前に立った。
千沙が逃げようとしたら止められる位置。
千沙は敵意の眼差しを向ける。
「そこ、どいてくれるかな?」
小夜は千沙を眺めながら、あかんべえした。
千沙が唖然として見返す。
「なに、いまの?」
「わたくしの返答ですが、お分かりになりませんでしたか?」
「……まぁいいけど」
千沙は小夜から離れて、苛立たしそうに親指の爪を噛んだ。
それからハッとして、手を口から離す。
陽菜さんのことで弱っていたとはいえ、あの千沙を軽くあしらうとは。
ヤンデレ、恐るべし。
というか、白鉦学園の基本戦闘力が高いのか。
はらはらした様子で見守っていた里穂が訊いた。
「小夜、帰ったんじゃなかったの?」
「いえ、近くの有料パーキングに車を停めにいったのです」
運転していたのは井出家のドライバーぽかったので、駐車場まで同行したということか。
とにかく、いまの小夜は『英樹を葬った(?)ヤンデレ』ではなく、陽菜さんの忠実な兵士か。
「……」
そして沈黙が戻った。
これ、誰が第一声を放つんだろ。
普通に考えれば陽菜さんなんだけど。呼び出した張本人だし。
しかし、陽菜さんは不可解な眼差しを、僕と千沙へ交互に向けている。
あの眼差しは、なんだろう。
しいていうならば、未熟な者たちを眺める、生暖かい眼差し。
あまりこの状況では向けられたくない眼差しだなぁ。
里穂が肘打ちしてきた。囁き声で言ってくる。
「高尾、何かしゃべって。これ以上の沈黙には、もう耐えられないわ。息苦しい。呼吸困難。まるで深海47メートル」
僕は囁き返した。
「深海47メートルって、なに?」
「昨日、そういうタイトルの息苦しくなる映画を観たのよ。サメも出てきたわね」
里穂の変なテンションは、いまだに治ってないらしい。
とはいえ、このまま沈黙が続いても困る(晩御飯までには帰りたいし)
「あのー」
僕がみなに聞こえる声で言うと、みなが一斉に視線を向けてきた。
「……ハッキリさせておきたいのですが」
と敬語にしたのは、主に陽菜さんに向かっての発言だから。
「千沙と僕は、何ら付き合ってはいません」
横から真紀さんが言う。
「高尾くん。『千沙』って、いつから下の名前呼びになったの?」
「……え、そこ?」
陽菜さんの視線がゆっくりと千沙へ向けられる。
「それで千沙、どうなの? いまの水沢高尾くんの発言は、本当なの? すると千沙は、恋人でもない男の子と夜遊びしちゃったの?」
その声は優しい。
否。
優しさの下に、刃のような鋭さがある。
千沙は表情を変えていない。
いやいや、目の奥に恐怖があるぞ。
ということは──
嫌な予感。
「これは姉さんが悪いよ。だってほら、こんなふうに尋問みたいな形を取るから、わたしの高尾も緊張しちゃって。それで思ってもいないことを言っちゃったわけ」
『わたしの高尾』ってなんだ。
里穂が呟く。
「サメね。サメがいるわ、この客間」




