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「夜のデートしただけで結婚とか、一体いつの時代の価値観だ──ということを、どうぞ陽菜さんに伝えて」
僕が里穂にそう要求すると(もちろん小声で)、
里穂は『信じられないものを聞いた』という顔をした。
「どうして、あたしが?」
「陽菜さんと仲いいよね? 僕は初対面の年上の方に、『頭は大丈夫ですか?』とは言えないから」
「あたしに、『頭は大丈夫ですか?』と言わせるつもりだったの?」
「もちろん、遠回しにね。間違っても──」
真紀さんが僕を押しやり、陽菜さんに面と向かって言う。
「はじめまして、滝崎真紀と申します。ところで、あなたの頭は大丈夫ですか?」
「間違っても、ああいう風には言わないでもらいたかった」
里穂はホッとした様子。
「あたしは無関係」
陽菜さんは、真紀さんを値踏みした。
「あなたが滝崎さんね。千沙とは、対等のお友達でいてくれて感謝しているよ」
「はぁ」
陽菜さんの反応に毒気を抜かれた様子の真紀さん。
ようはガードを下げてしまった状態。
そこに陽菜さんが鋭くパンチ。
「けど──水沢高尾くんとうちの千沙のことでは、滝崎さんは関係ないよねぇ?」
そこを突かれると、応答に困る様子の真紀さん。
「それとも、あるのかな?」
僕は天啓的に言っていた。
「関係はあると思いますよ。真紀さんは僕に告白したことがあるので」
里穂が僕を小突き、
「それをここで持ち出したら、よりカオスな展開になるわよ」
その口調、どことなくワクワクしているような。
いや、この目の輝きはワクワクしているに違いない。
たとえは悪いけど──玉突き事故を見ているときのような、アレか。
それを証明するかのように、里穂が付け足した。
「動物園デートもしていたわよね?」
「あら、動物園?」
陽菜さんが小首を傾げて、何かを一考。
まさか『映画館』と『動物園』のデート場所としてのランク付けをしているわけじゃないだろうけど。
僕は小声で里穂に聞いた。
「あれはデートだったのかな?」
里穂はどうでもよさそうに、
「デートの定義について、あたしと話し合いたいの?」
「いや別に」
陽菜さんはとくに不機嫌な様子も見せず、穏やかに言った。
「立ち話もなんだし、さ、どうぞ皆さんあがって。それに千沙も、いつまで突っ立っているの?」
ハッとして振り返ると、茫然と立っている本庄がいた。
本庄姉妹で紛らわしいので、いまから千沙と呼ぶことにしよう。別に親しくなったからではない。
ちなみに千沙の表情は、言うなれば玉突き事故に巻き込まれたようなもの。
千沙の視線が僕から真紀さんに動き、複雑な表情になった。
それから里穂に移動する。
「里穂。裏切っちゃったね、私のことを。あとで覚悟しておきなね」
里穂は瞑目し、悟りを開いたという顔で言う。
「みんな、あたしのことを緩衝材にするのよね。もう慣れた」
僕はうなずいた。
「苦労が多いね」
「いつか報われるときが来るわ」
というわけで僕たちは本庄家に招かれた。
玄関のところで、里穂がハッとした様子で言う。
「役者は揃ったって、このことを言うのね!」
ひとまず、里穂のテンションを下げさせたいものだ。




