17.亀裂
「よっちゃん!」
「あれ? どうしたのそんな顔して?」
どこかへ行ってしまったよっちゃんを、私は走って追いかけてしまった。
まだ部活の途中だったし、後ろから虎鉄君が私を呼びとめる声が聴こえたけど無視してきてしまった。
これで厳しい応援団からもう止めろなんて言われたらどうしよう。
別にやめてもいいけど。
私がやっていることが全て無駄になっているかもしれなんだから。
それに、どうしても確かめたかった。
よっちゃんがどんな意図をもって、犬塚先輩に近づいたのか。
「ねえ、よっちゃん、私が好きな人って知っているよね?」
「何言っているの。もちろん」
「じゃあ、どうしてその人と一緒にいたの?」
「え?」
周りには都合よく誰もいない。
だからこうして聞くことができる。
よっちゃんはどんな答えを返してくるだろう。
覚悟して聞かなきゃ。
「な、なーんだ! 一体何事かと思ったらそんなこと!? 嫉妬してたの? なんだ、可愛いなー、相変わらず」
「いや、嫉妬とかそういうのじゃないけど……」
なんだろう。
なんでこっちが必死こいているのが分かっている癖に、こんな飄々としていられるんだろう。笑いながら話すようなことなのかな?
「普通に話してただけだよ。私、野球部のマネージャーになったから」
「えっ……。何それ、聴いていないけど……」
「ほら、私、野球の知識あるでしょ? それであのお局様に色々質問されたけど全部答えたし、あの人が好きだって言うお菓子持っていって、それからお局様のこと褒めまくったら、入れたよ! いやー、噂だと面倒な人かなって思ったけど、話してみたら意外にちょろかったかなー。ああいう人って敵が多いせいか、ちょっと褒めるだけで調子に乗ってくれるからいいよねー」
野球部のマネージャーになった?
そんな素振り全然なかった。
調理部に入りたいとか言ってなかった?
もしかして、私を使ったのかな?
私の失敗を踏まえて傾向を知って、それから対策をしたのかな?
私を利用したのかな?
「どうして相談してくれなかったの?」
「どうして相談しないといけないの?」
よっちゃんは硬質な声で返す。
私は気圧される。
私だって少し言い過ぎたかもしれない。
でも、いきなり、そんな敵意剥き出しの視線を返されると思わなかった。
「あのさー、なんでそんなに怒っているの? 私、そんな酷いことしている? なんでわざわざお伺い立てないといけないの? そっちの方こそさー、ちょっと酷くない?」
「それは……」
なに、これ?
私が悪いのかな?
というか、なんでこんなに怒っているんだろう。
そんなに悪いこと、私言った?
そこまで束縛しようとしたのかな?
ただ私は疑問に思ったから訊いただけなのに。
私は別によっちゃんと喧嘩なんてしたくない。
私は人との争いが苦手だ。
苦手だから他人と接していないのだ。
もしもここでよっちゃんを怒らせてしまったらどうなる?
私はよっちゃんに見捨てられる。
そしたら、私はもっと孤独になる。
教室で孤立してしまうだろう。
話せる同性の相手なんていないんだから。
それだけは嫌だな。
「別に私が何をやろうが勝手だよね? それともそっちの命令をきかないと、私は何もしちゃいけないの? 別によっちゃんの恋敵になんて私なるつもりないよ。マネージャーだから野球部員と話すことだってあるし、そもそも、有益な情報を手に入れたら教えてあげようと思ったんだけどなー」
「ご、ごめん……」
こんなに言い返されると私が悪いような気がしてくる。
私の気持ちを分かっているなら、一言あってもいい気がするけど。
でも、言っちゃいけないんだ。
「あれ? 謝らなくていいのに! いや、ごめん、ごめん。こっちこそごめんねー。私が悪かったよー」
悪かったなんて全然思っていないような声色で話す。
よっちゃんってこういう人だったけ?
中学生の時はいい人だと思ってたんだけどなあ。
ちょっと離れたり、環境が変わったりするとこうなるのかな。
いや、私が悪いんだ。
こんなこと考えちゃう私の方が、性格は悪いのだ。
少なくともこの場ではそうみたいだし。
謝ってしまえば、よっちゃんはおさまってくれる。
私が我慢さえしていれば、全てが丸くなるんだ。
だから、これでいい。




