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10.女子マネの門番

「だめー」

 私は一大決心をして、放課後に野球部を訪れた。

 入部届に必要事項を書いて、野球部のマネージャーになるために。

 職員室では担任の先生が喜んでくれた。

 毎年期限ぎりぎりになっても入部届を書いてくれない生徒が何人かいるらしく、対応が大変らしい。

 ほんと面倒なんだよ、と本音だだ漏れの愚痴を言っていたが、私のことは応援してくれた。大変かもしれないが頑張れ! と。

 だが、大変も大変。

 頑張ることすらできない。

 入部届を出した女子マネージャーの先輩から、入部届を突っ返されてしまった。

「な、なんでですか? ちゃんと職員室で入部届ももらってきましたけど……」

「だって、あなた野球のことなにもしらないんでしょ?」

「そ、それは」

 グラウンドで練習をしている選手たちがチラチラこちらを見てくる。

 怒鳴ってくる先輩からもらったのは、アンケート。

 十項目以上あるもので、野球のルールを知っていますか? 野球観戦はどのぐらいの頻度でやっていますか? 野球、もしくはソフトの経験はありますか? といった内容だった。

 ただのアンケートだと思って嘘偽りなく書いたのだが、まさか入部拒否されるとは思わなかった。

 ただでさえ北高校はどこかの部活に入らなくてはいけないという暗黙の了解があるというのに、入部資格があるなんて酷過ぎないだろうか。

 私は引っ込み思案で、人前に出るのでさえ嫌なのだ。

 それなのに、私は勇気を出してここまできたのに。

 断られる理由は何なのだろうか。

 もしかして、あの入学式の一件だろうか。

 あれは目立ち過ぎた。

 一年生どころか全校生徒がいる前であんなことをやらかしたのだ。

 私が職員室に行くだけで、先生たちでさえも私のことを見てプッと噴き出していたような気がする。

 それほどまでに知名度を浴びたせいで、私の悪評が広まっているかもしれない。

 それだけで入部拒否されるなら理不尽過ぎる。

 そう思っていたけど、想像外の答えが先輩から返ってくる。

「いるんだよね。犬塚狙いの女の子が毎年。そういうふわふわした気持ちで、野球部にはいって欲しくないわけ。分かったら、とっととどこかへ行ったら?」

「犬塚……?」

「あれ? 知らなかったの? ほら、あそこにいるのが犬塚」

「えっ、あの人のこと、ですか?」

 それは、私が好きな人だった。

 そうか、あの人の名前って犬塚っていうんだ。

 そんなこともしらないで、私はここまで来てしまったのか。

 いや、今はそんなことどうでもいい。

 とにかく先輩の話を整理しよう。

 つまり、男狙いで女子マネになるのはだめということか。

 私が先輩に話しかける前に、ニ、三人の女子が、きゃきゃ何か喚きながら、選手たちに黄色い声援を送っていたけど、もしかして犬塚先輩ってかなりの人気者なのだろうか。

 知らなかった。

 私だけが犬塚先輩のいいところを知っていて、恋のライバルなんていないと思っていた。

 だけど、あれだけ素敵な人が誰からも狙われないなんてあるはずがなかったのだ。

 目の前の先輩だって、犬塚先輩のことを狙っているかもしれない。

 狙っていないにしろ、私よりもずっと犬塚先輩のことを知っているのだろう。

 一年以上は一緒にいたのだから。

 あっちが、犬塚先輩の方が目の前の先輩のことを好きになるかもしれない。

 やっぱり近しい人のことを好きになるのだから。

 犬塚先輩のシャツだって洗っているかもしれない。

 合宿の時は同じ屋根の下で眠るのだ。

 そう考えると、女子マネ先輩に嫉妬してきた。

 野球部男子は女っ毛がなさそうだ。

 そういえば。

 先輩は私だけじゃなく、他の女子も排除していた。

 目の前の気の強そうな先輩に、練習の邪魔だからと言って女子達集団は追い返されていた。

 この人、ずるいなあ。

「やっぱりね。恋する乙女の瞳って感じ。悪いけどね。野球部のマネージャーっていうのは、あなたが思っているよりきついの。だからさっさとどこへ行ってくれない? 後ろもつかえているわけだし」

「えっ……」

 後ろを振り返ると、列ができていた。

 さっきまで誰もいなかったのに。

 みんな女子で、きっと女子マネ希望なのだろう。

 この中には私と違って、本気で女子マネになりたい人だっているだろう。

 理不尽なことしかいわれていないが、先輩の言っていることにも一理ある。

 私は不純な動機しかない。

 だけど、本気で野球が好きで、野球部の手伝いがしたくてここにいる人だってきっといる。そういう人からしたら、私のような人は邪魔者でしかない。

「で、でも!」

「もう、中途半端な気持ちで選手に近づかないでね」

 先輩はそれから、私の言葉の一切をシャットダウンした。


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