表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/223

6-8




 ……俺は、手にケガをしていることも忘れ、思いっきり(こぶし)を握った。

 ぶるぶる、と震えるその拳からは、痛みは感じない……いや、実際は感じていないわけがない。せっかく巻いてもらった包帯にまた血が(にじ)みだしていたのがその証拠。……痛いのだ。

 だけど、痛くない。――その理由はきっと、俺の中の〝怒り〟が、〝悲しみ〟が、その痛みを遥かに凌駕(りょうが)してしまっていたからだろう。

 ……俺は、これからどうしたらいい? ――一度失敗して、こんなにも俺たち〝家族〟を悲しませた結は、二度と自殺などという行動には出ないだろう。だけど、その代わりに結は、自分自身を追い込む……それも、もう〝後戻りもできないほど〟に、だ……そんな結を、俺はどうやって支えたらいい? 下手をすれば、もう会話すらできなくなるかもしれない。そうなってしまっては、もはや生きる(しかばね)も同然……命以外の何もかもを、全てを、失ってしまうのだ。

 それだけはさせてはダメだ!! ――そう強く思いはするものの、この現状を打破できるような都合のいい考えが、そう簡単に思い浮かぶはずもない。

 俺はただ歯噛みをし、何もすることもできずに、ただ、俯いて身体を震わせていることしかできなかった。

 ――だが、その時だった。

 「あ~あ、みっともない」

 突然、母さんがそう言葉を漏らしたのだ。

 「え?」と、ふいのその言葉に力が抜け、俺は恐る恐る母さんの方を向くと……母さんはなぜか、微笑んでいた。

 ……わけが分からなかった。なぜ、母さんは微笑んで――えっ!? まさか、母さんは思いついたのか!? この状況を打破し、(くつがえ)すことができるような、そんな都合のいい方法を!!?

 「……あら? 何? そのすがるような目は? べつに母さんは、亮ちゃんが考えているようなことを思いついたわけじゃないわよ? ただ、男の子のくせに、そんなとこで、ダラダラダラダラ、考え込んでいるのが〝みっともない〟って、そう思っただけよ?」

 なっ!

 再び、ぐっ! と身体に力が入った……が、何も……言い返せなかった。

 そうだ。俺はみっともない……一番大切にさえ思っている女の子一人さえも救ってやれない、(みじ)めで(あわ)れなクソヤロウだ。

 だけど……

 「……じゃあ、どうしろって言うんだよ?」

 今度は、俺から母さんに聞いた。

 「まさか、一か八か結と話し合いでもしてこいって言うのか? そんな無謀なこと、俺にできるわけが――」

 「――できるわよ」

 「……え?」

 思わず固まってしまった俺を見て、母さんはまた、ふふ、と笑って続けた。

 「一か八か……無謀結構じゃない。行ってきなさい。……と、まだ結ちゃん寝てたっけ? じゃあ、起きたら話してみなさいな。何ならその辺を散歩でもしながら――」

 「母さん!!!」

 俺は、耐え切れなくなって大声を上げた。

 「ふざけてるの? こんな時に! そんなことをしたら結は一生、心を閉ざしてしまうかもしれないんだぞ!?」

 「分かってるわよ、そんなこと」……そう、平気そうな顔で母さんは答えた、

 「分かってるって……分かってないよ! だって……!」

 「……だって、何?」

 「……っ!」

 ……俺は、それ以上何も言うことができなかった。なぜなら、それ以上先の言葉は、この俺自身が〝分からなかった〟のだから……。

 ふぅ……母さんはそんな俺を見て、ため息をついた。

 そして、次の瞬間。

 「やれやれね。……亮ちゃんは、最初で最後かもしれないこの〝チャンス〟を、何もしないまま終わらせるつもりなのね?」

 その言葉が、俺を貫いた。

 「……〝チャンス〟?」

 あら? 気づいてなかったの? と母さんは情けなさそうに両手を広げた。

 「だって、〝チャンス〟じゃない。――今後結ちゃんがどうなるか分からない今、ちゃんと面と向かって会話できる機会は、〝今〟しかないかもしれないのよ? それが〝チャンス〟じゃないって言ったら、いったい何なのよ?」

 「……!!」

 た……確かにそのとおりだ。現状では今後、結とはちゃんとした会話すら成り立つのかも分からない。だけど、〝今〟なら……現に結は、母さんに抱きしめられた時に〝泣いて〟いた。つまりはまだ、完全には〝心を閉ざしてはいない〟状態にあるのだ。それは即ち、母さんの言ったとおり、最初にして最後の〝チャンス〟! ――危うく俺はその機会を何もせずに終わらせるところだったのだ!

 「……やっぱり、母さんには敵わないな」

 ふふふ、と笑顔も増して母さんは言いきった。

 「当然でしょ♪ ……だけど、〝分かってる〟わね?」

 「……ああ。〝分かってる〟さ」

 ――そう、これに失敗したら、本当にもう後がない。結は確実に心を閉ざしてしまうだろう。

 だけど、俺はやらなければならないのだ。失敗を恐れずに、しかし絶対に成功させなければならないこの、〝最後の会話〟を……否! これから先、一生続いて行く、


 〝最初の会話〟を!!


 「……ぶっちゃけ、ぶっつけ本番でどうにかなるものなのかな、これって?」

 「……さぁね? それはもう、亮ちゃん次第なんじゃない? ……母さんが代わりに行ってあげたい気もするけれど……きっと、母さんじゃ必ず、〝失敗〟する。――だって、母さんじゃ、結ちゃんの中にある〝モノ〟が、決定的に一つだけ〝足りない〟んだもの……」

 「……〝足りない〟?」

 何が? 聞こうとした俺を、母さんは、ふふふ、とさらに笑った。

 「――そんなの、全部終わってから自分で考えなさい!」

 「……???」

 ……よく、意味は分からなかったが、それはきっと、必ず成功させなさい! と、遠回りに俺に活を入れたのだと、俺は勝手に解釈した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ