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――精神的な疲労のせいなのか、それともただ泣き疲れただけなのか……いずれにしてもその後すぐに眠ってしまった結を母さんは部屋へと運ぶと、それから俺をリビングに呼び出し、手と脚の手当てをしながら、学校であったことを全て話すように言ってきた。
無論、それを拒む理由は俺にはない。――そのため俺は、何もかも包み隠さず、あったできごとその全てを、母さんに話した。
「――なるほどね、そんなことがあったの……」
……と、それを聞いた母さんは一度深いため息をつき、それから小さく……限りなく優しそうな表情で微笑んだ。
「……そっか。結ちゃん……遂に命まで投げ出しちゃったか」
「……」
……俺は、何も言わない……いや、言えなかった。
なぜなら、母さんのその優しい微笑みは、俺がほんの少しのショックを与えてしまうだけで、今にも涙と共に崩れ落ちてしまいそうだったからだ。
母さんはそれを自分自身、一番よく分かっていたのか、俺の手当てが終わるのとほぼ同時に、俺の席から見て正面にあるいつもの自分の席に腰かけ、額に手を当てて俯いてしまった。
……それから何秒……いや、何分、だったのかもしれない。俺の中でそんな曖昧な時間を経てから、母さんはゆっくりと顔を上げ、再び口を開いた。
……だが、その最初の一言が、
「……〝えらい〟わね、結ちゃんは」
――だった。
俺は思わずその言葉に、「え?」と疑問符を打ってしまう。
母さんはそんな俺の様子を見てか、その言葉に補足を付け足すように話し始めた、
「……だって、そうでしょ? あの子にとって、〝今まで〟というのは本当に辛いことの連続だったはずよ? もちろん、死にたくなるようなことも、これまで数えきれないほど何度も、何度もあったと思うの……そんな中、今の今まで我慢してきた結ちゃんは、本当に〝えらい〟と、母さんは思うわけよ」
「なっ……!」
何言ってるんだよ、母さん!! ――その言葉が喉まで出かかった時だった。
母さんは、ビッ、と人差し指を俺の方に向けて立て、俺の言葉に急ブレーキをかけさせたのである。
母さんはそのまま、人差し指を立てながら続けた。
「慌てないの、亮ちゃん。亮ちゃんは、〝そんなの全然えらいことじゃない〟……って、言いたいんでしょ? そんなこと、母さんにも分かっているわ」
「……じゃあ、それが分かっているのなら、何でそんなことを?」
聞くと、ニコ、と母さんは再び微笑んだ。
しかし、今度の微笑みは感情を隠すためものではない。今の感情、まさにそのものを、母さんは表情に表わしたのだ。
母さんはゆっくりと指を下ろし、話した。
「それはね、亮ちゃん……母さんが〝えらい〟って言ってるのは、我慢した、っていうその事実自体のことを言っているわけじゃなくて、その我慢をするために行った〝過程〟……それが〝えらい〟って言ってるのよ」
「か…てい……???」
「そう。〝過程〟よ」
「???」
……いったい母さんは何のことを言っているのだろう?
〝我慢するために行った過程〟? つまり、結は我慢をするために、俺が気づかないような〝何か〟をしていたというのだろうか? ……それって、どんなことだ?
……分からない。
――と、その時だった。
「ふふ」と母さんは一瞬笑顔を見せ、そして俺の目を真っ直ぐに見つめながら話した。
「……まだ分からない? じゃあ、仕方ないから教えてあげるけど……答えは簡単よ? 結ちゃんは、ただただ、〝信じていた〟――っていうこと」
「〝信じていた〟……?」
何を? ――聞き返そうとした俺を、瞬間「あっ!」と思わず出てしまった声と共に、俺自身の身体が制止させた。
そう、俺は気づいたのだ。その、〝信じていたモノ〟に。
〝信じていたモノ〟――それは、
「俺たち……〝家族〟か!」




