6-3
……。
……。
……。
……俺、死んだのか?
まるで、ふわふわ、と……空中にでも漂っているかのような不思議な感覚が続く中。俺は同じくらい、ふわふわ、と今にもどこかへ飛んで行ってしまいそうな頼りない思考をなんとか頭に留まらせ、ゆっくりと目を開いた。
……と、そこには……俺の腕の中にしっかりと抱きかかえられたままの、結の姿……。
……大丈夫だ。〝生きて〟いる。
――それが分かったのは、同じように、結もゆっくりと目を開いて、そろり、と俺の顔を見上げたからだった。……涙で赤く腫れたその顔は、まるで……何があったのか自分でもよく分からない……そう、今にも叫び出しそうなほどの、驚きの感情に満ちていた。
瞬間、そんな結の顔を見て、俺は、〝よかった〟――と思った。
屋上から……階数にしてみれば六階。そこから地面までがいったい何十メートルあるのか、とか、そんなとこからロープもパラシュートもなしに、生身で飛び降りた場合の人間の生存率はどれくらい低いのか? ……なんてものは、頭の悪い俺には当然分からなかったが……そんなことはどうでもよかった。――結果として、結は〝生きていた〟。ただそれだけで、俺は満足だったのだ。
きっと、部活も何もやっていない、俺の軟弱な柔らかい身体が、言ってみれば計算どおり、うまい具合に結のクッション代わりになってくれたのだろう。
……ははっ、たまには俺の軟弱さも役に立つもんだ。そう、内心俺は苦笑した。
――と、そんなことを考えていた時だった。
驚いた表情のまま、慌てて身体を起こした結は、さらに慌てて、俺の顔を見ながら……何か、〝言葉〟……??? を必死に叫び始めたのだ。
……まぁ、たぶん、優しい結のことだ。飛び降りた直後のこんな状況にあるのにも関わらず、自分の身体の心配よりも、俺のことを心配してくれているに違いない。
ありがとな、結……だけど、無駄だよ。俺は死んだんだ。――というか、屋上から飛び降りて死なない人間なんかまずいない。お前が生きていること自体がもはや〝奇跡〟と言うしかないくらいなんだ。そんなこと、頭の悪い俺でさえも分かってることなんだよ。
…………でも、結。俺はそれだけで満足なんだ。俺が死んでも、お前が生きている……俺はそれだけでいい。それだけで、俺にはもはや〝悔い〟なんてものはないんだよ。
「……う!! りょう!! 亮!!」
……ようやく、と言っていいのだろうか? 死んだ俺にも、結の叫んでいる言葉がはっきりと聞こえ始めた。
……そっか、俺の名前を呼んでてくれたのか……やっぱり、優しいなお前は。
「――起きて、亮!! 起きて!!」
……ごめんな、結。そうしたいのは山々なんだが、俺の身体はもう、動かな――
――ピクッ。
…………え? 今、一瞬……???
……気のせいか? とも思ったが、それが気のせいではないことに俺はすぐに気づくことになった。
なぜか? ――それは直後、結が俺の肩を掴み、〝揺さぶった〟ことで、確かな確信へと変わることになった。
しっかりと、痛いほどに…否、実際に痛みを伴って掴まれている俺の肩。その〝感触〟。
揺さぶられる度に揺れる視界…そして何よりも、揺さぶられているという、その〝感覚〟。
間違いない! ――俺はその確信と共に、先ほどまでは、動くはずがない。そう思っていた身体に再び力を込め、自ら〝起き上がった〟。
――ふわっ。
――瞬間、だった。
向き合い、見つめ合う形となった俺と結の間を、頬を、〝優しい風〟がなでて行った。
「………………」
やっぱり……。
俺の口が、勝手に動いた。
「――やっぱり、〝生きてる〟……俺、〝生きてるよ〟!!」




