5-10改
――授業が始まってからも私は…それこそ言うまでもなく、いつもとは違うあの亮の様子が気になって……気になって……仕方がなかった。
……亮は、いったいどうしてしまったのだろう? ――そればかりが延々と、私の中をめぐり続けていた。
……もちろん、そんなことを考えていても、答え、なんていうものが見つかるわけもなく、私にできることといえば、ただ、亮の席からは遠く離れたこの私の席で、生徒たちの間から微かに覗き見えるその亮の横顔を、気づかれないように静かに見つめていること……そんなことくらいだった。
……それで、何が変わるのか? ――何も、変わらない。そんなことはわかっていた。
だけど、それでも、
――見つめ続けて一時間目が終わり、
――その後すぐに二時間目が終わり、
――いつの間にか三時間目が終わって、
そして……文字どおり、あ、という間もなく、四時間目の授業までもが終わってしまい、気づけば今はもう、お昼休みの時間になってしまっていた。
――いけない!
はっ、と我に返った私は、慌てて教科書やノートを机にしまって、それからすぐに、急いでおばさまが作ってくれた、お弁当が入った袋をカバンから取り出した。
――なぜ、そんなに急ぐ必要があるのか? それは……そう。学校での私は元・お嬢さまであって、亮とは普通に会話をすることすらできないけれど、そんな学校の中でも唯一、亮といつもどおり自然に会話できる時間がある――それが、二人だけでゴハンを食べる、このお昼休みという時間だったからだ。
私は亮がまだ席にいるのを確認してから、いつもどおり先に教室を出て、屋上へと向かった。
……いくら自然に話ができる時間とはいえ、それはあくまでも屋上で二人きりの時だけ……そこに向かうからといって、「ゴハン食べに行こ?」――などと誘えるわけもなく、いつもこうやって、何も会話することなく私が先に屋上へ行き、その一~二分後に続いて亮が屋上へと向かう……それが私たちの〝暗黙のルール〟というものになっているのだ。
ギィィ……屋上に到着した私は、サビて開きづらくなったその扉を、できるだけ静かに開け、これもまたいつもどおり、周りから見え辛いという理由で決めた、貯水タンクのすぐ下のところにシートを敷き、そこに座って静かに亮がくるのを待った。
……。
…………。
………………。
――だけど……いくら待っても、一向に亮が屋上にくる気配はなかった。
……ここへきてから、いったい何分がたっただろうか?
少し不安に感じながらも、立ち上がって、私はグラウンドに設置してある時計を目を凝らして見てみる――と、その時計の針が示していた時間は……なんと、〝二十分〟。
そう。私がここにきてから、もう〝二十分〟もすぎてしまっていたのだ。
「えっ…?」と思わず声が漏れてしまう。
同時に、ぞくっ、と一瞬、背筋が凍りついてしまった。……こんなに時間が経ったのにも関わらず、亮がこない……それは、今の私にとって、もはや、〝恐怖〟以外の何ものでもなかったのだ。
――亮!!
慌てて走り出そうとする足を、私はなんとか押さえつけた。
そして、〝違う〟。――そう、何度も自分に言い聞かせる。
……きっと亮は、何か用事ができたのに違いない。例えば……せ、先生に呼ばれて、プリントを配る手伝いをしている……だとか、悪友とか名乗っているあのバカメガネに捕まって、くるにこれない……とか、きっと、そんなことがあってくるのが遅れているだけ。絶対、そう!
……ぎりり。――いつの間にか噛みしめていた歯が鳴った。
同時に、目に熱いものが込み上げてくるのが、はっきりとわかった。
不安……じゃ、ないわけがない。――不安で、不安で、どうしようもなかった私は、今にも大粒の涙を流して、泣き崩れてしまいそうだった。
――だけど、それを寸でのところで支えていたのは、私自身が亮に寄せている〝信頼〟というものがあったおかげだ。
……亮は、私が困るようなことは絶対にしない。だから、今ここに亮がこないのは、きっとそれが私にとって良い方向に繋がるからだ。――私は、そう〝信じている〟。……ううん、何があっても、どんなことがあっても、亮だけは絶対に、〝信じている〟。〝信じ続ける〟!
だって、私は…………。
――その時だった。
……ガチャ…ギギイィ……。
屋上の扉が開く音……その小さな音が私の耳に届いた――瞬間、私は思わず走り出してしまっていた。
――〝亮〟!! 〝亮〟!!
そう、心の中で、何度もその名前を叫びながら……。




