3-3改
――六時間目終了後、保健室の方から聞こえてくる「きゃあああっ!!」という悲鳴をこれ以上聞きたくないという理由から、俺はお嬢さまのカバンを持って、できる限り早く学校の外へと脱出した。
若干、お嬢さまが帰りの支度を急かされたことに腹を立てているようにも見えたが、これについてはほとんど問題はなかった。――なぜなら、運良く、と言っていいだろう。俺たちがいつも通っている帰り道には、まさに人っ子一人、見当たらなかったのだ。
「――いやぁ、よかった~……」
「……何が、よかった…なの?」
つい滑ってしまった口を、俺は慌ててフォローする。
「……ん? ああ、いや、何でもないよ。こっちの話」
「……そう? なら、いいけど」
きょとん、とした顔で首を傾げる結の姿を見て、かわいいな……なんて思いながら、俺はもう一度辺りを見回して、人が本当にいないことを確認してから結に話しかけた。
「……それにしても、今日は久しぶりに結としゃべりながら帰れるな。何で今日はこんなに人が少ないんだろ?」
「う~ん……たぶん、いつもよりほんの少しだけど帰るのが早かったから……かな? それでたまたま人の少ない時間に通れた、とか……?」
なるほどね。頷いてから俺はカバンを肩に担ぎ直し、微笑しながら話した。
「本当に結の言うとおりだったとしたら、毎日でも早く学校を出て、それで今日みたいに普通に話しながら帰りたいくらいだな」
うん! 元気に答えた結の顔も、笑顔だった。
「私も……こんなにいっぱい亮と普通に話せるんだったら、毎日でも早く帰りたいな……だって、亮とおしゃべりするの――」
〝好き〟だし……。
「………………ん……ああ、うん……」
……いや、待ちたまえよ、マイくされ脳みそよ。何〝好き〟なんて言葉に反応しちゃってるんだよ? あれは……あれだ。結は、ただ単に俺と〝おしゃべりするのが〟好きだと言っただけであって、決して〝俺のことを〟好きだとは一言も言っていないんだぞ? ……ああ、やめろ。勝手に脳内で結の言葉を反復させないでくれ。しかも、〝好き〟というセリフの部分だけを延々(えんえん)と…永遠と……ああ、本当にやめてくれ。なんか顔がニヤけてきてしまったじゃないか。こんなの結に見られたらエラいこと…に……。
「あ、ねぇ? りょ……う……」
…………あ、
「「………………………………………………」」
……それからしばらく、二人の間には沈黙の時が流れてしまった。
たらり……と妙な汗が俺の引きつったままの頬を伝った……その時。ようやく、結が口を開いた。
……しかし、その第一声が、
「……え、ええと……〝だいじょうぶ〟、亮……?」
……だった。
…………死にたくなった。でも、このまま死んではいけないような気も、若干した。
……とりあえず、俺は精いっぱい、言い訳をしてみる…………。
「………………こ、これは……あれだよ……く……くしゃみが……その……出そうで、出なかった…………みたいな???」
「……う、うん。そういうことに……しておくね……?」
「……………………うん」
――この日、俺はせっかくの結との、きゃっきゃうふふ、なおしゃべりタイムを無駄にし、いつものように無言で帰宅することとなったのだった…………。




