2-9改
――おそらく、と俺はこれを推測する。
動物は、結のその秘められた異常なまでの〝戦闘力〟を、本能的に、敏感に感知しているのではないか? ……と。もしくは、そもそも結は動物に嫌われやすい性質の持ち主なのではないか? と。……まぁいずれにしても、何の根拠もない、素人の推測のため、全ては神のみぞ、ならぬ、動物のみぞ知る。というやつになるのだが……。
「シャアアァッッ!」
おっと、そろそろ助けてやるか。かわいそうだし。
そう考え、俺は近づきながら猫に向かって話した。
「ほらほら、そこの激アツトラ柄毛玉。いい加減に……」
……はっっっ!!
瞬間、だった。ピシャアァッ! と、俺の中に、いつだかも走った、稲妻のような何かが走ったのが分かった。
猫にケンカを売られるという、特殊な条件下でのみ見られる、結のあの〝表情〟。
顔を真っ赤にして、今にも泣き出してしまいそうなほど瞳に涙をためて、しかし律儀にも片目だけはしっかりと閉じて怒っているあの結の表情が、言っては悪いが、ものすごく、
〝かわいかった〟のだ。
しかも! と続けさせてくれ!
「に、にゃああ!」
間違うことなかれ。今の声は、結の声だ! ――おそらくは、触らせてくれない毛玉に向かって、猫語で「なんでよっ!」とでも言ったのだろう。これにはさらに、ズガガガーンッッ!! ときた。
……いや、お前……いったいどんな趣味してんだよ?
――何て思われても、私は一向に構わんっっ!! ……俺はただ、このシーンをずっと眺めていたかった。
……………………だが、そうもいかないというところが、ものすごく辛いところだ。そろそろ本当に助けてやらないと……。
まったく、男は辛ぇな……って、何言ってるんだろう、俺……。
「こら、毛玉。いい加減にしろよ」
がしり、とその毛玉の首根っこ(というのだろうか?)を掴んで、俺は結からそれを引き離した。
……すると、当然がごとく、毛玉は大人しくなってしまう。
それを見て、むぅぅ、と唸りながら結は……
「りょ~う~……!」
……分かる。分かるぞ、結。お前の気持ちも、言いたいことも、全部。だから、そんな顔で俺を見つめないでくれ。俺の方がおかしくなっちまう。
「ははは……まぁ、そのうち触れるようになるさ。べつに焦ることはないだろう?」
言うと、今度は結が大人しくなった。
「そう、だけど……」
しかし、やはり納得できなかったらしい。不服そうに、俺の右手にぶら下がっている毛玉に向かって一言、呟いた。
「……にゃー」
おそらく、「今度は触らせてね」とでも言ったのだろう。がっくり、肩を落とし、結はほんの少し、俺……ではなく、毛玉から離れた。
それを見て、俺は毛玉を解放してやる。
――すると、地面に下りて、一瞬毛玉はこちらを、チラリ、と見たような気がしたが、すぐに、ぷい、と顔を背けて、どこかに走って行ってしまった。
……何となく、お嬢さま状態の結に似てるな。なんて思った。
……ああ、そっか。
もしかしたら、と俺はこの瞬間、新たな推測を立てた。
――動物は結のことを、人間だと思っていないのかもしれない。
例えば、今の猫。自分と同じ動物に、縄張りを荒された、とでも思っていたとしたら?
例えば、あの時の犬。人間とは違うけど、同じくらい大きな動物がきて、驚いていたとしたら?
……全てとは言わないが、何となくつじつまが合っているような気がする。
……ま、もし本当にそうだったとしたら、結はまず彼ら(?)の仲間に入れてもらわない限り、一生動物には触れないのかもしれないけどな? ――逆に言えば、仲間にさえなれれば、一生触り放題、ということなのだが。……がんばれよ、結。
「……っと、しまった! こんなことをしている場合じゃない! 早く行かないと母さんに怒られる! ――おい、結。先に行くから、急いでついてこいよ?」
「……え? あ、うん。わかった」
「よし!」
その返事を確認してから、俺は一応この細道から出る時に周囲を確認して、それから急いで母さんのいる〝あの場所〟に向かった。




