2-8改
――左の道路を少し進んだ所。そこには、ぽっかり、とまるで穴でもあいているかのように、大きく空がひらけた場所があった。
それは、ちょうど人一人分ほどの高さと横幅しかない、商店街の守り神の神社が大きく場所をとって建っているせい、という理由かららしいのだが……その穴からは偶然にも、俺たちの通っている胎川高校が見えた。
へー、こんな所から見えたんだ。知らなかったな……。
なんて思い、俺はふと、そこから学校の方を見てみると……何だろう? 何か、緑色のうごめく物体が、三階くらいの所に貼り付いていることに気がついた。
――当然のことながら、気になった俺は、ソレを目を細めて凝視してみる……と、どうやらソレは、大きな〝ネット〟であるらしい。つまりは、誰かがネットを持って、それを設置しているところであるらしかった。
俺は何となく、しばらくその様子を眺めていたんだが……ネットマン(仮)は突然、まるで「ひぃぃ!」とでも聞こえてくるんじゃないかというくらい大げさに動き、素早く学校の中へと逃げて行った。
……間違いない。あれは、〝高利〟だ。――おそらく、俺の後ろを歩いていた結(高利から見れば、敵を殲滅する恐怖の元・お嬢さま)にたまたま気がついて、慌てて逃げて行ったのだろう。
……まったく、分かりやすいやつだ。というか、メガネなのによく見えたな? それに、本当にそんなネットで、UFOを捕まえられると思っているのか? まぁ、とりあえず、火葬される前に死の淵から蘇ってよかったな、高。
「……ふぅ」
俺はそれから、何となくため息をついて、とりあえず先に進んだ。
【スーパー・愛ON デラックスバリュー】
――どう考えても某有名店のパクリだろう。そんなことを思わずにはいられないこの店は、俺が学校帰りによく母さんのおつかいとして利用している〝奇妙な〟店である。
……え? 何が〝奇妙〟かって? それは…………ま、まぁ、機会があったら、そのうち説明しよう。…………したくはないんだが……。
――そんなことより、とりあえず必要な物を全て買った俺は、外に出て結の姿を捜した。
……すると、意外にも早く、デラックスバリューのすぐ脇にある細道でその姿を発見する。
……ただし、
「フー! んにゃーん! うぅぅ!」
なぜか、そこにいた結は、茶色のトラ柄模様の猫に〝ケンカ〟を売られていたのだが……。
……何してんだ、結? あ、いや、ケンカをしているのか……。というか、俺は人間にケンカを売っている猫を初めて見た気がする……。
……ああ、だが、動物にケンカを売られている人間を見るのは、実際これが初めてではなかった。
というのも、現に今猫とケンカをしている結は、動物にケンカを売られる確率が異常なまでに〝高かった〟からだ。
――少し昔の話をするが、あれはいつもの帰り道。中学生になったばかりだった俺が下僕となり、真夏の太陽の下を、二人分の荷物を担いで、お嬢さまのきっちりかっちり三歩後ろを歩いていた時だった。
「わんっ!」
と、突然、俺の足に何だか丸っこい毛玉がすり寄ってきたのだ。――見ると、どうやら近くの家の子どもが、自分の家の犬を放して遊んでいるようだった。ちなみに犬種は、チワワ、だと思う。
「何だ、お前? 遊んでほしいのか?」
俺がそう声をかけると、「わんわんっ!」とその毛玉は喜んでいるのか、ものすごい勢いでしっぽを振り始めた。
「おお~そうかそうか。――おーい、ゆ……じゃなかった。お嬢さまー。これ見てみろよー」
「……何よ?」
最初は嫌々振り返ったように見えたお嬢さまだったが、その毛玉を見た瞬間、パアア、とその表情には花が咲いた。
「か、か、か!」
……かわいい。という言葉を、どうやら我慢しているらしかった。大変だな、お嬢さまも。
「おーしおしおしおし……ほら、ゆ……じゃなくてお嬢さまもなでてみろよ。すっごい大人しいぞ、この毛玉!」
もちろん! と言わんばかりに、お嬢さまは、ずかずか、と若干速足で歩み寄ってきた。
そして、その、わなわな、と震える手で毛玉に触れようとした、
――瞬間、事件は起きた。
「ううぅ! わんわんわん!」
なぜか、急に毛玉が怒り出したのだ。しかも、結に向かって、一方的に。
だが、「え? え?」と戸惑いながらも結は手を後ろに隠し、少し離れると……毛玉はまた最初の状態に戻って、大人しくなった。
「な、何だ何だ???」
俺がその様子に首を傾げていると、お嬢さまは、きっ、と顔を引き締め、もう一度、そっと手を伸ばして、試してみる。
――が、しかし、
「わおーん! わんわんわん!」
またいきなり、毛玉は怒り出した。
「な、なんでぇ~???」
言うも虚しく、結局、この日結はそのまま、毛玉に一度も触れることはできなかったのだった。
――それからというものの、俺が知っている限り、結は自身の目の前に動物が現れる度に何とかそれに触れようと近づくものの、いきなり吠えられたり、また、いきなり噛みつかれそうになったりするようになってしまったのだ。




