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2-7改




 「――さてと、じゃあいつもどおり、二手に分かれて行きましょうか?」

 ――家から出て徒歩五分もしない所にある、商店街の入り口にて、母さんが言った。

 目の前には、三つに分かれた商店街の道路……もちろん、細い道やらなんやらでちょくちょく繋がっていて、最終的には一つの道路になるのだが――向かって左側が、主に野菜類他果物関係の店。あと、小型のスーパーみたいなのもある道路。真ん中は、肉や魚、それに飲食店などが立ち並んでいる道路。そして右側が、雑貨、日用品、それに小さいが、映画館なんかもある便利ゾーン。――という振り分けだ。

 俺は、その道路の〝左側〟を指差しながら話した。

 「俺と結はこっちから行くよ。果物とお菓子…あとは……何かいる?」

 「そうねぇ……あ、ジュースでも買ってきて?」

 「分かった」

 俺の返事を聞くと同時に、母さんは「それじゃあ、後でね」と、〝結に向かって〟手を振り、右側の道路の方へと歩いて行った。

 ……相変わらずひどい扱いだ。――そんなことを思いながらも、一応はそれを見送ってから、俺はすぐ後ろにいる結に向かって話した。

 「――よし、じゃあ俺たちも行くか?」

 「……う……うん…………」

 ――と、だがしかし、何だか結の顔はあまり乗り気ではなかった。それに、キョロキョロ、と何やら心配そうに辺りを見回している。

 ああ、そうか。そういえば……と思い出す。

 「お前……町の中に出てくるのは、これが〝初めて〟だったな?」

 「うん……」――俺の問いかけに頷いてから、結はすぐに答えた。

 「だって……学校以外、ずっと家の中にいたから……ちょっと〝不安〟で…………」

 ……なるほど。悪く言えば、結…お嬢さまにとって、町の人全員が〝敵〟、という状況なわけか。

 ここはまさに敵の〝本拠地〟。こんな状況では、いくら元・お嬢さま状態の結になったとしても一溜まりもないだろう。

 それを考えた俺は、結の肩を、ぽん、と優しく叩いて、にっこり、笑って話した。

 「結、大丈夫だよ。ほら見てみろよ、今の時間帯は人が少ないし、それに今日は平日だ。ほとんど人なんかいないよ」

 「……でも」と結が呟く。

 「私がお店に入ったら……絶対、亮まで追い出されちゃうから……」

 ……なるほど。それもあったな……。

 確かに結の話は、有り得ない、という話でもない。――というのも、この町の人たち……そのほとんどが、結のことを、白乃宮 結の〝顔〟を知っていたからだ。

 ……いくらあんな事件があって有名とはいえ……結が公の場に姿を現したのは、僅か五歳の時だ。――確かに今でもその面影(おもかげ)くらいはあるかもしれないが……幼児と高校生。その差はかなり大きい。――それなのになぜ町の人たちは、ほとんど外に出たこともないような結の顔を知っているのかは分からないが……とにかく。この町では結は芸能人以上に有名だ。

 そんな結と俺が行動を共にしたのなら、先ほど結が言ったとおり、俺まで一緒に店を追い出されてしまうことになるかもしれない。

 そうなれば困るのは俺…ではなく結の方だ。いや、それだけならまだマシ……それだけでなく、結はその心にさらなる〝深い傷〟を負ってしまうことだろう。……それだけは、絶対に避けたい。

 俺は、それらのことを考慮(こうりょ)して、一つ提案した。

 「じゃあ、結? 俺から〝少し離れてついてくる〟――っていうのはどうだ? 俺が買い物をしてる時は、そこらの小道にでも隠れてさ? ……少し不安になるかもしれないけど、目的地に着けば俺と母さんしかいないんだし、そしたら、いつもどおり近くにくればいい。……どうだ?」

 「――う、うん!」……俺のその提案を聞くと同時に、結は慌てたように首を縦に振って答えた。

 「それでいい! ちゃんと、ついて行くから!」

 「そ、そうか、分かった……?」

 一瞬、結のその真剣な瞳に俺は怯んでしまったが、しかしもちろん、結が本心でこの提案に〝賛同していない〟ということだけは、確かに分かっていた。

 ――本当は、普通に出歩きたい。

 ――本当は、普通に話していたい。

 ――本当は、普通に暮らしたい……。

 それらの気持ちを押し切ってまで、結は、俺の提案に賛同したのだ。それも、やはり自分のためにではなく、〝俺が困らないようにするため〟に……。

 ……まったく、バカだなぁ。と思った。たまには自分のことを優先させてもいいのに……。

 ――だが俺は、これが結の〝結らしさ〟であり、〝本当の優しさ〟なのかもしれない。そうとも思った。

 俺は深く息を吸い込んで、それをゆっくり吐き出してから……静かに話した。

 「……それじゃあ、先に行くよ。見失わないように、ちゃんとついてこいよ?」

 「うん」

 良い返事だ。そんなことを思いながら一歩進んだところで、ふと、思いついた。

 俺はもう一度結の方を振り向く。

 「――結、お前……俺についてくる時は〝右目〟を閉じてついてこいよ」

 「え? 〝右目〟???」

 何で? と聞かれる前に答える。

 「お前、両目の色が違うだろ? ただでさえそんな人は珍しいのに、そこに白乃宮っていうのが入っているから余計に目立たせてしまっていると思うんだ」

 ああ、なるほど。結はすぐに納得して応えた。

 「わかった。えと、じゃあ…こ……こう?」

 ぱちり、と結は俺に右目を閉じてみせた。

 ――瞬間、こふっ! と何かが、色んな所から飛び出しそうになった。

 ……これではまるで、結が俺に向かって〝愛のウインク〟でもしてくれているみたいじゃないかッッ!!! そう思ったからだ。

 非常にかわいい……いや、そのままでも十二分にかわいいのだが、右目を閉じただけで、本当はその右目はどうなっているのか? と知りたくなってくる。……まぁ、もちろん知ってはいるんだが、それでもだ!

 …………じゃ、なくて! そうじゃないだろう! 何で俺はいつもこうなんだ! しかも、こんな公衆の面前で!

 俺は、そんな俺の(くさ)った脳に妄想をやめるように呼びかけながら、結の質問に答えた。

 「――ああ、バッチリだ! これなら、わりと結だってこと、分かんないかもしれない」

 「本当?」

 もう一度、確かめるように聞いてきた結に俺ははっきりと、

 「ああ!」

 と答えた。――心なしか、それを聞いた結の顔に、自信が出たかのように思えた。

 「それじゃあ、俺は行くからな」

 「うん!」

 ――よし! さっきよりも良い返事だ。これなら、大丈夫だろう。

 安心した俺はそのまま商店街の方振り向き、普段結と一緒に帰る時と同じ速さで先に進んだ。





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