2-5改
「……」
…………………………え? 今、何て? 結のことを、〝好き〟? え? え? ええっ~!?
いや、ちょっと待ってくれ! それってどういう意味だ? もしかして結は俺のこと……いやいやいや、待て、それは考えすぎだ。俺の悪い癖だぞ。だいたい結が俺のことを、その、す、〝好き〟なら、譬え元・お嬢さまという仮面を被っていたとしても、俺に対してあんなにも暴力を振るうだろうか? 暴力は愛情の裏返し? そんな言葉は聞いたことがない。あと、それなら高利にも当てはまっていることになるし……そうだ! きっと結は、何らかの理由があって俺を試しているか、もしくはからかっているんだ。そうでなければこんなことを聞くわけがない。そうだ、きっとそのとおりだ。――でも、もしも本当に結が俺のことを〝好き〟だったとしたら? 俺はなんて答えればいい? いや、もちろん俺としてはこんなにうれしいことはない。それこそ毎日ハッピーライフだ。……じゃあこの、結の質問の答えは、〝好きです〟? ……否、〝愛している〟? ――いやいやいやいやいや、そうじゃないだろう! もしもただの俺の勘違いだったとしてみろ! 恥ずかしい思いをしてフラれた挙げ句、学校で殺されるかもしれないんだぞ! ――いや、でも……だーッッ!! もう埒が明かん!!!
――俺の長々とした妄想に付き合ってくれた人、ありがとう。くれなかった人、ありがとう。俺は両方に感謝する。
あれこれ考えても無駄だ! そう思った俺は、結に直接聴いてみることにした――できるだけ、平静を装って。
「こほん。……ど、どどど、どうしたんだよ、結? きゅ、急に、そんなこと聞いて? やっぱり、ま、まだ、昼間のことで、その、おおお、怒って、いるのか???」
……どこが平静なのか、自分でも分からなかった。
しかし、どうやら言いたいことは通じたらしい。ふるふる、と結は首を横に振って答えた。
「昼間のことなんて、もう怒ってない。ただ……」
「た、ただ……?」
ゴクリ、と唾を飲み込んで、俺は結のその答えを待った。早くしてくれ、もう窒息しそうだ。
――そう思った矢先。結は自分の両方の胸……その下方に手を当てて、ほんの少し、それを持ち上げたのだ。
ぽよん、と俺の目の前でそれは揺れる。
くはっっ!!? 刹那、こぷっ! と今度は鼻から何かが飛び出しそうになった――が、状況が状況であるため、俺は何とか耐えた。それに、〝漢〟として……!!
そんな俺の頑張りも知らずに、結はゆっくりと、先ほどの続きを話した。
「……ただ、あの本に出てた女の子たちって……みんな、〝胸が小さかった〟から……」
……。
……。
……。
……へ?
「それだけ???」
思わず口に出してしまった。
だが結は、それに、こくん、とはっきりと頷いて答えた。
「――だって、私の胸って……あの女の子たちよりも全然おっきいし、もしかして亮はそういうの、嫌いなのかな……って。そしたらもう私、この家にいられないかもしれないって、思ったから……」
え…………………………あ? あ、ああ! な、何だ、そ、そういうことだったのか!
数秒、俺は結の言葉の意味が分からなかったが、何とか、理解することができた。
瞬間、その心の緩み…安堵からだろうか? 俺は、大声で笑っていた。
結はそんな俺を見てしばらく、ポカーン、としていたが、すぐに正気に戻って、びっくりしたように聴いてきた。
「な、何!? 私……何かおかしいこと、言った???」
「ははははは、いや、なんか、安心しちゃってさ。お前、そんなこと考えてたのかよ?」
「そんなことって……こ、これでも、私にとっては死活問題なんだから!」
まぁ、確かに。住む所がなくなってしまったら、そりゃあ結も困るだろう。……そうは思いはたが、しかし……長年いっしょに暮らしてきて、たかが、とは言わないが、胸の大きさが気に入らないから出ていけ、なんて俺が言うわけもないだろうに。
…………いや、でも、逆に言えば、それだけ結は不安だったのかもしれない。何しろ、結はこの町にとっては〝邪魔者〟以外の何者でもなかったのだから……それに、俺の家からまでも追い出されてしまったら、結は本当に帰る場所がなくなってしまう。こんな状況で、不安でないと言う方がオカシイというものだ。
いつの間にか止まっていた笑いを気にすることもなく、俺は結の不安を少しでも取り除くために、たった一言、
〝大丈夫〟。
とだけ言った。
それを聞いて、え? と結は顔を上げる。
俺は、俺自身のその言葉に補足を付け足すように、続けて話した。
「俺も、母さんも、結のことが〝大好き〟だよ。……いいや、それだけじゃない。高利だって、クラスのみんなだって、町のみんなだって、本当は結のことが大好きなんだ。――ただ、今はその気持ちに気がついてない……〝気がつけない〟。……ただ、それだけなんだ」
だから、〝大丈夫〟……。
話し終わってから、俺はゆっくりと笑った。
俺の不安を取り除くために、過去に結が何度もそうして見せたように、〝満面の笑顔〟で。
……ま、本来ならこの辺で、〝愛の告白〟の一つでもしていれば、相当に格好がつくんだろうけどな? ……残念ながら、俺のような小心者は、そんな度胸など最初から持ち合わせてはいない。
……でも、それでも。いくら俺が格好悪くても、結の不安が少しでも減ってくれるのであれば、俺はそれだけで満足だった。
――結は、そんな俺の言葉を聞いて、ただ、小さく微笑んでいた。




