2-4改
――今日の学校の帰り道では、俺は結とは一言もしゃべらなかった。
それは、いつも通っている道にたまたま人が多かった、ということもあるが、何よりも、結に〝俺と話す気がなかった〟――そんな気がしたからだ。
……怒っているのだろうか? それとも、何か悩みごとでもあるのだろうか? 肝心の俺の驚異的洞察力は痛みで全く使えず、結局、そのまま俺たちは家に着いてしまった。
……もう、しょうがない。直接結に聴いてみるか……。
そう考えた俺は、階段をのぼりきったところで結に話しかけてみた。
「――な……なぁ、結?」
ピクリ、と反応して結は足を止めたが、何も返事は返ってこなかった。構わず、俺は続ける。
「その……何か…………お、怒ってる…のか……?」
ふるふる。――結はすぐに首を横に振った。しかし、やはり返事は返ってこなかった。
さらに、俺は続けて聴いてみる。
「じゃあ、何か…悩みごと……とか???」
「……」
今度は、全く反応しない。ただ、だんまりだ。
……いったいどうしたというのだろうか?
俺がまた聴こうとした、その時、結はようやく、重い口を開いた。
――だが、
「…………亮は……」
「え?」
聞き返すと、結は若干、前屈みになって続けた。
「……亮は、〝ああゆうの〟が、好きなの?」
「……??? ああ、ゆうの……って???」
「だから……」
…………。
また、結は黙ってしまった。――しかし今度はすぐに、俺の方に向き直って話した。
二つの色違いの瞳が、俺を見つめる。
「……だから、亮は、あの……〝えっちな本〟に出てくる女の子みたいなのが、好きなの?」
ごぷっ! 何かが、口から飛び出しそうになった。
「な、な、な、きゅ、急に、何を、言ってるんだい、結さん!?」
一応、これでも冷静を保とうと努力したのだ。全くの、無意味だったが……。
結はそんな俺を見ても全く動揺する様子もなく、むしろ、ずい、と俺に迫ってくる。
結の顔が、俺の視界いっぱいに広がる。
――こんな近くで、結の顔を見たことがあっただろうか? 改めて観てみると、当然のことながら、完璧とも言えるほどの美少女だった。
小さな顔。
大きな瞳。
唇はきれいなピンク色で、真っ白な肌は触るとまるで赤ちゃんのように柔らかそうだ。
そしてこの、ほのかに香る甘い匂い……何より、ほんの少し背伸びをしているところがまたかわいらしい。
それら全ての要素、要因が、俺の頭を麻痺させる。
……こういう時、俺はどう答えればいいのだろうか? ましてや、エロ本についてなど?
……はい、好きです? ――これではまるで、ただのやらしい変態だ。
では、いいえ、嫌いです? ――これはこれで、まるで女の子に興味がないみたいだ。むしろこっちの方が変態……いや、ゲイか?
ならば、時と場合による? ……もはや意味が分からん。何だ? 時と場合って? どういう時なんだ?
「…………やっぱり……」
――どうやら、俺は考えるのに時間をかけすぎてしまったようだ。
結は小さなため息をついて、ぷい、と後ろを向いてしまった。
「……やっぱり、ああゆうのが、好きなんだ……」
「ち、違うぞ、結! 俺はべつに……」
「でも、しっかり見てたよね?」
「うっ……」
苦し紛れに言ったその一言も、呆気なく崩れ去ってしまう。
もはや、俺には黙り込む以外、どうすることもできなかった。
……というか、母さんといい、結といい、エロ本を見ることのいったい何がいけないのだろう?
誰かその理由と、そしてこの状況を打破できる無敵の一言を考えついたなら、是非とも俺に教えてほしい。フリーダイアル、メール可。……スマホ持ってないけど。
「……」
「……」
……結局救世主は現れず、しばらく二人とも何も言わず黙っていたが……三十秒ほどたったその時、結が突然振り向いて話し始めた。
「じゃあ、私のこと……〝嫌い〟?」
「なっ! はぁ!? 何言ってるんだよ結!!?」
「答えて」
「答えてって……!!!」
さっぱり意味が分からない。結は、俺にいったいどんな答えを望んでいるのだろうか?
迷った俺は……思っていることを素直に答えてみることにした。
「……これっぽっちも、嫌いだ、なんて思ったことはない」
本当だ。俺は結に殴られても、蹴られても、どんなことをされても、一度もそんなことを思ったことはない。
俺の返事を聞いてから、結は続けて聞いてきた。
「じゃあ、私のこと…〝好き〟……?」




