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――さて、と。
ヒマつぶしも充分に終わった俺は、もう一度、ふぅ~……と深呼吸をするように深いため息をつき、ゆっくりと身体を起こした。
そろそろ、くる頃だ。そう思ったからだ。
――ザッザッザッ!
――次の瞬間だった。
やはり、きた。
ガ、ギ、ドン!
……何度聞いても、清々(すがすが)しさを感じさせる良い音だ。――なんて思ったが、しかし、今回は間に、ギ、という雑音が入った。
……たぶん、毎日尋常ならざる力で開けられているせいだろう。扉の溝でもすり減ったのかもしれない。……やれやれ、たまには、ガララ、という、扉本来の音色を奏でてやってもいいのに……。
――とにかく、そんなこともお構いなしに、今回は珍しく両手にカバンを持ってはいるが、お嬢さまはいつもどおり、ずかずか、と保健室内に入ってきて、そしてこれまたいつもどおり、仁王立ちにて辺りを見回した。
「……!」
……と、一瞬、ぴくっ、とその凛々(りり)しい眉が動いたかと思ったら、ふん! とため息をつき、お嬢さまはそのまま俺の方に向き直り、また、ずかずか、と歩み寄ってきた。
……何だ? 俺の他に、誰かがいたのだろうか? とはいえ、気配も何もしなかった……よな???
まさか忍者…か何かでもいたのだろうか?
そう思った俺は、今度は左を向いてみる。
……と、なるほど、どーりで気配も何もしなかったはずだ。
――そこには、胸の前で祈るように両手を組み合わせ、顔に白い布切れを被せられてベッドに横たわる、高利の姿があった。
死んでいるんだから、気配ゼロ。これはある意味予想外だった。
……というか、お前の存在を忘れていたぞ、高。俺はてっきり、まだ教室の窓の手すりにでもぶら下がっているのかと……。
「ちょっと、亮」
いつの間にか俺のすぐ隣に立っていたお嬢さまは、続けて話した。
「いつまでもそんなとこで寝てないで、さっさと帰るわよ! 早く準備しなさい!」
殴っておいてひどい言葉だな。……なんて、俺は微塵も思わなかった。なぜなら次の瞬間、お嬢さまは……いや、〝結〟は、右手に持っていた俺のカバンを優しく渡してくれたのだ。
おそらくは高利が死んでいたからだろう。そうでなければ、両方のカバンを俺に強引に渡していたはずだ。……あ、いや、高利に思いっきり投げつけていたかもしれないが……。
――ともかく、普段の結の話し言葉とは、まだだいぶ違う。一応、警戒しているのだろう。
「イエッサー」
そうすぐに返事を返した俺は、ベッドから立ち上がった。
――しかし、
ズキィッ! 「――いッッ!?」
また、貫くような激痛が俺の頭を襲撃した。思わずフラつく……。
「あっ、だいじょ――」
むぐぅ!
――刹那、結は両手でその小さな口を押さえた。さらに次の瞬間、耳まで真っ赤になり、耐えきれなくなったのか、慌てて、くるり、と後ろを振り向いて、
「さ…さっさと、行くわよ……!」
とだけ呟いて、ずかずか、ではなく、すたすた、と出口に向かって歩いて行った。
……お分かりだろうか? 今のが、結だ。――べつに、ツンデレというわけではない。むしろ本来はデレのみなのだ。……ただ、元・お嬢さまという仮面が邪魔をしていて、あんなふうになってしまっている。それだけだ。
……なぜか、そんなギャップが俺にはたまらなくいい。――なんて思っていることは、結には絶対に内緒だ。……絶対だぞ?
「な、何してんのよ! 早く行くわよ!」
「おーけー、さー」
結のかわいさを垣間見て、若干ユルイ感じに答えてしまったが……結なお嬢さまはそれどころではないようだ。すでに保健室から出て行ってしまっている。
俺はふらつきながらも、その後を必死に追いかけた。
――日直の仕事が残っている気もしたが、それは裏切り者のAにでも押しつけよう。
なんて、思いながら……。




