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 「――さてと、ごちそうさま。二人共、食べ終わったらちゃんと流し台に置いてね?」

 「あれ、もういいの、母さん?」

 今日はご飯の量も少なかったし、やけに小食だな? なんて思った俺が聞くと、うーん……と母さんは、困ったような顔で呟いた。

 「ちょっと……太っちゃって、ねぇ……」

 ……ああ、なるほど。そういうことか……じゃあ、俺の身の安全を保つためにも、もう何も言うべきではないな。放っておこう。

 そう考えた俺は、黙って食事に戻った。――だが、結はその逆だった。あえて話す。

 「――あ、でもおばさま。洗い物は私がやっておきますよ?」

 「あら、いいのいいの。ちょっとでも多くカロリーを使いたいから、そのままにしておいて」

 「そうですか? では、お言葉に甘えさせていただきます!」

 結がそう答えると、うーん♪ と母さんは、今度は満面の笑みを浮かべた。――どうやら、短い受け答えながらも、あえて話すという結の作戦は成功したらしい。しかし……

 「結ちゃんは良い子ねぇ。亮ちゃんとは大違い!」

 「い、いや~、はっはっはっ!」

 そんな簡単に終わらないのが俺の母さんだ。――嫌な視線を感じた俺は、それをとっさに笑い流す。すると、もうっ! と母さんは不服そうに言って、流し台に自分の皿を持って行った。

 ……しまった。と思ってももう遅い。こういう時はなるべく早く食事を終わらせなければならない。なぜなら母さんは、ちょっとしたことでもすぐに不機嫌になるのだ。そうなるともう、話にならない。何を言っても無視するのだ。

 ……ちなみに、この辺りの地域ではそうなることを、〝きめっちょ〟、と言う。……まぁ、どうでもいいか。

 とにかく、それが分かっていた俺は、残りのご飯を一気に口の中にかき込んだ――ところで気がついた。

 そう。母さんが食べなかった分のコロッケが、一つだけ皿に残っていたのだ。

 お、ラッキー♪ ちょうど今日は体育でマラソンがあって、普段よりも結構腹が減っていたのだ。……まったく、何でマラソンなんかしなくてはならないのか……。

 これは所謂、不当な義務を()せられている俺たち学生を(いた)わっての、〝天のお恵み〟ってやつだな。そんなことを考えながらも、俺はすぐさまそのコロッケに(はし)を伸ばした。

 ――だが、それとほぼ同時のことだった。

 「「あ……」」

 ――そう。俺のすぐ隣。角席に座る結も、俺と同じように箸を伸ばしていたのだ。

 しかし、結はすぐにその箸を引っ込めて、小さく呟く。

 「ご、ごめん……」

 ……いったい、何を謝る必要があるのか? 残っているコロッケが一つしかないというこの状況……普通だったら、取り合いになってもおかしくはないのに……?

 ――なんて、みんなは思うかもしれないが、実は、結はいつもこんな感じなのだ。

 気にするな、とはいつも言ってはいるんだが……どうやら結は、長年いっしょに暮らしているとはいえ、あくまでも〝居候〟だということを未だに意識せざるを得ないでいるらしい。だから、基本的に家での自分の地位は、俺たちよりも〝下〟……おかずの取り合いをするなど、結にはとてもじゃないができないことであるのだ。

 ……ん? いや、でも待てよ? それでも箸を伸ばしたということは、結も〝相当に〟腹が減っていたということか?

 ……って、ああ。まぁ、考えてもみれば当り前か。だって、俺と結は同じクラスで、同じようにマラソンをした後なのだ。俺の腹がいつも以上に減っているということは、結もまた(しか)り。ということなのだ。

 やれやれ、仕方ないな。

 そう思った俺は、あげる、と言っても、絶対に結は箸を伸ばさないだろうということを考え、まずは俺がコロッケを取り、そしてそのまま、〝結の皿の上〟に置いた。

 「――えっ?」と驚く結に向かって、俺は話す。

 「食えよ。お前だって、今日はたくさん走って腹減ってるんだろ? 遠慮(えんりょ)すんなって」

 「で、でもこれ、亮も……」

 「いいからいいから。気にすんなって」

 「……じゃあ」

 恥ずかしそうにうつむいて、結はコロッケに箸を伸ばした。

 ――その姿を、俺は……正直、〝かわいい〟と思った。

 学校での結は、白乃宮の名前の重さを忘れないため、とか何とか言って、いつもあんな感じに、ツンツン、しているが、家に帰るといつもこんな感じだ。

 暴力も振るわなければ、罵るようなこともしない。――逆に、優しくて、それでいておしとやかで、まさに本物のお嬢さまみたいな……いや、みたい、ではなく、〝元〟こそ付くが、今でも本物のお嬢さまなのだが……。

 「さてと。そんじゃあ俺は片づけでも――」

 「――あっ、待って!」

 と、その時だった。立ち上がりかけた俺を、結が呼び止めたのだ。

 「ん? どうし――」

 た、と言いきる寸前だった。

 結の方を振り向いた俺の眼前には、突然、コロッケが現れていたのだ。

 見れば、結の皿の上に丸々一個あったはずのコロッケが、〝半分〟になっている。

 ということは、まさか……。

 「――はい、〝亮の分〟だよ?」

 やはり、そうだった! 俺の予感は見事〝的中〟した……!

 ――そう。俺の目の前……そこには、今にも、〝あーん〟とでも言ってくれそうな勢いでつまんだコロッケを差し出す、結の姿があったのだ! しかも、何気に若干大きい方を選んで差し出してくれている……それには、ピッシャアアアッッッ!!! と落雷のような衝撃(しょうげき)が俺の身体を貫いたということは、言うまでもないだろう……。

 ……このまま、〝あーん〟、すれば、食べさせてくれるだろうか? いや、たぶん、家にいる時の結ならば、恥ずかしがりながらも本当に食べさせてくれるだろう。想像すると、ものすごくかわいい……。

 ……ただ、それをしてしまうと後が怖い――そう。学校の結。つまりは、元・お嬢さまだ。まず間違いなく俺は殺されてしまう……。

 ――食べさせてもらうべきか、

 ――自分で食べるべきか、

 究極の選択……悩みに悩んだ結果、俺が選んだのは……〝後者の方〟だった。

 スマン、みんな。やっぱり命は惜しいんだ。この情けない男を許してくれ……。

 ――だが、一つくらいキザなことはさせてもらう。男として…否!

 〝漢〟として!!!

 「……そうか、じゃあ――いただきっ!」

 ガシリ。

 俺が取ったのは、〝結の皿の方〟にあった、若干小さい方のコロッケだ。

 「あっ!? そっちは――」

 モグモグ、ゴクリ。

 言い終わる前に、俺はコロッケを完食した。そしてすぐに手を合わせる。

 「――ごちそうさまでした!」

 これは、食事に対しての意味と、学校とは真逆のかわいい一面に対し……じゃなかった! 結の優しさに対する、〝お礼の気持ち〟を込めた言葉だ。

 結はそんな俺のことを、ぼーぜん、と見ていたが……しばらくして、どうやら俺のキザな行動の意味に気がついたらしい。真っ赤になってうつむき、差し出していたコロッケを自分の方に戻して、それを、はむはむ、と食べた。

 ――どうだ? カッコ良かっただろうか? これが今の俺にできる、精いっぱいの〝勇士〟だ。……だから、できることなら笑わないでほしい。俺も、恥ずかしいから……。

 「あらあら、ふふふ❤」

 母さんはそんな俺たちを見て、何やらうれしそうに微笑んでいた。





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