8-3
やれやれ、ともう一度、今度は俺のそんな人生にため息をついた――その時だった。愛が話しかけてきた。
「――あの、亮さま……少し、お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「ん? 何だよ改まって?」
いえ……。愛は申しわけなさそうに俯きながらも、ゆっくりと質問内容を口にした。
「実はその……結さまからほんの少しだけお聞きしたのですが、私の頭では充分に理解することができなくて……亮さまさえよろしければ、亮さまが置かれている〝現状〟というものを、もう少し詳しく私どもにお話しいただけないかと思いまして……」
「〝現状〟? ……というと?」
「はい。……あの、結さまが元・お嬢さまと名乗り、学校で恐れられていることは事前の調査で分かってはいたのですが……お恥ずかしながら、元よりこの学校の生徒ではなかった私たちには、それがいったい、〝どの程度のこと〟、なのか? 正確に知ることはできなかったのです。……ですので、事実、結さまが何のためらいもなく亮さまを殴られたことには非常に驚いてしまいまして、その……できればその辺りを詳しくご説明願えれば、と思っているのですが……」
……ああ、そうかなるほど。と俺はすぐに納得した。
考えてもみれば確かに。愛や明にとって、俺と結は仲の良いはずの幼馴染……いくら事前の調査で、学校での結は元・お嬢さまとして恐れられていることを知っていたとしても、それが高利みたいなバカなメガネザルならともかく、まさか俺にまであんなことをするなんて……幼い頃の俺たちを知っているこの二人には、到底考えられることではなかったのだ。
「オーケー。分かったよ」
――でも、と俺はそこに付け加えた。
「ただし、今日は結に俺の家にくる約束をしたんだろ? なら、これ以上遅くならないうちにさっさと帰ろうぜ? 話はその帰り道でしてやるからさ?」
「ありがとうございます、亮さま。……では、おカバンはすぐに私がお持ちいたしますので、今しばらくお待ち――」
「――あー、ちょっと待った!」
びっ! と俺は愛に向かって人差し指を突き立てた。
それには、ビクン! と愛が反応したが……俺は構わず続けた。
「……えっとさ? なんつーかその……お前らは俺に対しても〝さま〟を付けて呼ぶし、特に愛なんかは、俺のことを〝本当のご主人さま〟みたいに、ものすっごい丁寧な口調で話すけどさ? べつに俺に対してはそんな敬語なんて使わなくていいんだぞ? むしろ普通に話してくれた方が、俺としては話しやすいんだけど……」
「――えっ!? あっ……! こ、これは気配りが足りず、申しわけありませんでした! えっと、あのでは、その……!!?」
えっ!? とその愛の慌てようを見て、注文した俺自身までもが思わず慌ててしまった。
いったいどうしたというのだろう? 俺……何かまずいことでも言ったか!?
「あー、大丈夫ですよ、亮さま?」
と、その様子を見ていた明は、正座をし続けてしびれた足を、なるべく刺激しないように立ち上がりながらも、この状況の説明をした。
「うぐ……あ、あのですね? 愛は白乃宮家がなくなった後も、いつでもメイドとして結さまや亮さまに仕えることができるようにと、普段からずっとこんなふうに丁寧なしゃべり方を心がけていたんですよ。……まぁ? 一応〝完全な敬語〟からは何とか修正させたんですけどね? ――そのせいで、もはやこれ以外のしゃべり方ができなくなってしまったらしくて……」
「……な、なるほど」
丁寧すぎるのも考えものだな……そんなことを思いながらも、俺は急いで愛に話した。
「お、おい愛! 分かった! そのままでいい! 落ち着け! とにかく落ち着け!」
「ももも、申しわけありません、亮さま! できる限り尽力いたし……いえ! が、がんばり……る!」
「……お、おう。がんばり……れ」
……たぶん、がんばります、と、がんばる、がごっちゃになってしまったのだろう。
半ばつられてだが、俺はわざとそう答えると、愛は、カァー! と耳まで真っ赤に染めて、思わずそれを手で隠してしまった。
「……俺は結一択だから平気だったが、愛の純情なカワイサには危うく、コロリ、といっちまうところだったZe! ふぅ、危ねー危ねー……」
「……お前はむしろ俺を敬ってしゃべってくれ。いや、つかもうしゃべんな!」
え~? ヒドーイ! と、ブーブー、騒ぐ明を放置し、俺はとにかく二人に話した。
「――まぁ、ともかくだ。俺から話を振っておいてアレなんだが……早いとこ学校を出ようぜ? ……ああ、それと俺のカバンは俺が自分で持ってくるから、二人は玄関の前で待っていてくれ」
「え? し、しかし亮さま……おカバンなら私が……」
「ん? いや、いいよ。――てゆーか、それも〝現状〟ってやつに関係しててな? ……帰りにそのわけもちゃんと話してやるから、とにかくお前らは玄関で待っててくれ」
「あ、はい……分かりました。では、仰せのとおり玄関でお待ちしております」
「亮さま早くきてくださいね~☆」
「おー」それらの声に答えてから、すでに全快した身体。俺は駆け足で教室へと向かった。




