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『精神削り』











「えーと、次は砂糖とベーキングパウダーかな」


「なら、ちゃっちゃと行って終わらせようぜ」


「同感だ」



メモを見ながら呟いた俺に、クラスメイトの仁田(ニッタ) (ゼン)がそう返してきた。その後ろにた、口数が少なくて高身長なバスケ部の長嶺(ナガミネ) (シン)も早く終わらせたいらしい。


現在我が高校は、学校祭の準備中である。刻一刻と近づく最悪な日に、俺はもう絶望しか感じません。もうね、スノウでお腹いっぱいなんですよ。なんで現実でまでメイドをやらなきゃいけないんだ!



「それにしても、メイド喫茶かぁ……うちの女子って何気にレベル高いから楽しみだな!」


「そうだな。俺もメイドじゃなかったら素直に喜べたよ」


「………あぁ、うん。そうだな」


「……なんかすまん」



俺が死んだ表情でそう返すと、二人共申し訳なさそうな顔をした。


俺がこの二人と買い出しをしているのは、学校にいたくないからだ。ここ一週間、午後に学校祭の準備があったが、明後日にある学校祭に向けて、今日と明日の二日間は1日準備が出来る。そして、クラスの女子の殆どと担任と副担が、被服室で朝からメイド服を作成しているのだ。


もう恐怖しか出ないよね。



「戻りたくない」


「気持ちは分かるけどさ、もうしょうがないじゃん」


「ここまで来たら諦めるべきだと思うぞ」



コイツら……他人事だと思っていやがるな。俺が大人しくメイド服を着ると思ったのか? 残念ながら、女子達と交渉して条件をつけている。


ククククク。タダでは転ばんよ、タダでは。


内心で黒い笑みを浮かべていた俺は、とある店の前のテレビ画面が目に入った。



「ん? これ……」


「お、シロノアじゃん」


「本当だな」



しろのあ? なんじゃそりゃ



「シロノアってなんだ?」


「『夢幻世界シロノア』今人気のVRゲームだよ。『Miracle World Online』と双璧をなす、大人気ゲームだ」


「俺と仁田はこれをやってる」


「へぇ~」



テレビ画面では、金髪巻き毛のツインテールの、お嬢様な感じの女性プレイヤーが、両手に持った銃で次々とモンスターを倒している所だった。


「やっぱ凄いなフィルシアさん」「あぁ、見事な回避だ」「いやいや、あのおっぱいと美脚だろ!」


仁田と長嶺がなんか話してたが、仁田が不必要な発言をしたようで、長嶺のアイアンクローを食らっていた。



「『Miracle World Online』以外にも面白そうなのがあるんだな」



機会があったらこの女性と一戦交えたい。かなり巧い(・・)だろうからな。


あれ? 俺ってやっぱり戦闘狂なのか?


そんな疑問を抱えつつ、俺は学校へと戻って来たのだが、玄関でうちのクラスの男子達に囲まれた。



「冬道貴様! 女装メイド喫茶とはどういうことだ!」


「え?」


「………なんの話だ?」



俺と一緒に買い物に行っていた二人から疑問の声が上がったが、他のクラスメイトが事情を伝えると、目を見開いて此方を見てきた。


そう。俺がメイド服を着るにあたって出した条件は、メイド喫茶ではなく、女装メイド喫茶にするということだった。そして、面白いの一言で通ったのである。



「黙れ! 俺が拒否してる時に黙って見ていたくせに………お前らも一緒にメイドをやれ!」


「………くっ。くそう」



ふふふふ。残念ながら、どんな手を使われようとも俺は屈しない。女装メイド喫茶はもう既に決定事項なのだ。因みに、本気になったうちの女子に文句を言える男子はいない。


良心は九条さんだけという………


さて、男子達を切り抜けた俺は、何故か威圧感がある教室の扉を、恐る恐る開けた。



「お帰り冬道く━━━」



俺は無言で扉を閉めると、もと来た方へ向けて本気の走りをする。


扉を開けたら、ふりふりな可愛らしいメイド服持った女子と、メイクセットを持った女子、カツラを持った女子、ニヤニヤ笑う茨木先生がいた。


逃げる以外の選択肢はない。



「廊下を走るな雪!」


「あんたに言われたかないわ!」



バンっ! という音がして振り向いたら、茨木先生が此方に向かって走ってきている所だった。


くそっ! なんであんなに速いんだよ!


結局捕まってしまった。



「速すぎるだろ……」


「ふっ。これでも、全盛期は百メートル9秒台だったからな」


「世界記録級かよ」



化け物かこの先生。教室に連れて行かれた俺を、女子達が取り囲んだ。


何故だ。俺には、肉食獣にしか見えない。舌舐めずりをしているようにしか見えない! あれ? 本当にしてるんだけど……怖いんだけど……



「ふふふふ。冬道くん。やるなら本格的によ、カツラもメイク道具も、パッドも用意したわ。完璧な女の子にしてあげる」


「死刑宣告ですね、分かります」


「冬道さん。本来あるべき姿に戻るだけです」



上杉先生がそう言ったら、周りの女子の殆どが頷いた。頷いてないのは、困った顔をした九条さんと、腹を抱えて笑っている雷門だけだ。



「このクラスの女子は狂ってやがる!」


「まぁまぁまぁ、悪いようにはしないから、ただちょっとナンパとかお尻触ってくる奴とかいるかもしれないけど、冬道くんなら大丈夫でしょ?」


「何を言ってるのか分かってんのか? やられたら鳥肌もんだわ!」


「もしやられたら?」


「玉潰す」



すっと感情の抜けた顔で告げると、男子の何人かが股を押さえた。



「よし、とりあえず一回着てみてくれる? サイズとかもし間違ってたらあれだから」


「へいへい」



上だけ脱いでシャツになりメイド服を着る。そして最後にズボンを脱げば、完了。



「この時点でもう可愛いけど、まだ男の子っぽさが微妙に残ってるのよね。あ、きつくない?」


「大丈夫」


「じゃあ、このカツラを被せて」



黒髪ロングのカツラを被せられ、ホワイトブリムを付けられた。恐らくだが、立派な清純メイドさんが誕生しただろう(泣)


きゃあきゃあ騒ぐ女子達のお陰で、俺の精神はゴリゴリと削れていく。



「それじゃあ、次はメイクいってみよう」



もうやめてくれよぉ!


俺の心の叫びは、無情な女子達には届かなかった。






雪、南無 (‐人‐)

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