『稲荷山にて“姫巫女”』
「それじゃ、宜しくね」
「ん。了解」
アネスにまた会うことを約束し、社から出る。
さて、とりあえずこの後はどうするかな? 一応巫女修行に行くことになるらしいが、此方から行ったほうがいいのかな? でも、入る前に止められそうだな。
どうしようか悩んでいると、人の気配がした。
此方に向かって歩いて来ていた人物は、俺を見つけるとふわりと笑った。
「こんにちわ。貴女がスノウさん?」
「ん。そう」
「貴女のことは、アネス様……それにアザミから聞いてるわ」
「? アザミさん?」
詳しく話を聞くと、目の前の女性。長く艶やかな黒髪と黒曜石のような黒い瞳をし、巫女服を着た目の前の女性は、俺が巫女としての舞いやらなんやらを習ったアザミさんのお姉さんらしい。
うん。世界は狭いな
「自己紹介がまだね。私はツバキ、ここの姫巫女の一人よ」
そう言って、ツバキさんはニコりと笑った。
ツバキさんに案内されて、いくつもの鳥居の立つ道を歩いていく。
「事情は知っているわ。恥ずかしい話だけれど、今巫女は二つの派閥に別れているのよ」
「派閥?」
「そう。上流階級の人達と、一般からの人達のね」
なんというか、展開がなんとなく読めるんだが……
「上流階級の人達は、一般の人達は見下しているふしがあるし、一般の人達は、上流階級の人達を権力で巫女になった実力無しだと思ってるの。下らないわよねぇ?」
「確かに」
「私やアザミみたいな中立もいるけどね」と、ツバキさんが笑った。
しかし、そんな争いして何になるのかよく分からない。まぁ、どちらにもプライドがあり、譲れないものがあるということだろう。
んでんで今回の事だが、水神ヒュールの下に巫女修行に行ける条件を満たした巫女が、二人出たのだ。
いやあの、二人なんて聞いてないんだけど………
何処かから、『言い忘れてた~』という声が聞こえたような…………
とにもかくにも、条件を満たした巫女が二人………
そして、今巫女には二つの派閥…………
なんとなく展開が読める。
思っていた通り、一般の人達の側からは、この地で産まれ、子供の頃から巫女として努力してきた子が条件を満たし、上流階級からは、今年入ったばかりだが、巫女としてのとてつもない才能を持った子が条件を満たしたらしい。
ただ、条件を満たしたといっても、巫女修行を受けるには、まだまだ早すぎると、ツバキさんや中立の人達、神からの神託があったのだが、張り合う両者はそんなこと知らないとばかりに、予定を早めて明日行かせることにしたらしい。
「全く、本人達もやる気だからどうしようもないのよねぇ」
ツバキさんがため息を吐く。本人達も張り合っているらしい。
「でも、スノウさんなら安心ね。アネス様やアザミによると、戦う巫女なんでしょう?」
「一応」
「それにしても、戦う巫女ってなんかいいわね。私の弟子も戦う巫女にしようかしら?」
妖しく嗤うツバキさんを見て、まだ知らぬツバキさんのお弟子さんに、御愁傷様ですと、心の中で呟いた。
道中、あの三人に会ってひと悶着あったが、ツバキさんの介入で和解出来たというか………
「もう! アザミさんの弟子ならそう言いなさいよ!」
「この場合、私の妹弟子なんでしょうか?」
「まぁ、そうなるだろうな」
俺につっかかってきた狩衣の陰陽師の女性は、ツバメといい、男性陰陽師のほうは、ミタカ。女性巫女は、カエデというらしく、三人は幼馴染でアザミさんにお世話になったそうだ。
そして、アザミさんの知り合いだと分かると、妙にフレンドリーに接してくるようになった。
「さ、見えて来たわよ」
ツバキさんの指差すほうを見ると、普通の城とはちょっと違うが、かなり大きい建物がそこにはあった。
多くが朱塗りの木で出来たその建物は、まるで一つの芸術作品のように美しい。
暫く見いった後、四人の案内で城の中に入った。
中は、清潔でホコリ一つ落ちていない。そして、とても静かだ。広いので、前にいる四人からはぐれないようにしつつ、周りを見る。
「どう? 凄いでしょ」
「ん」
「慣れないと迷っちゃいますけど………あ」
カエデが小さく呟き足を止めた。他の三人も足を止めて、前方を見ている。俺もそちらを見てみると、二人の人物が何やら話し合っているのが見えた。
片方は、黒い髪を一つにまとめて後ろに流し、巫女服を着た美人さんで、もう一人のほうは、高そうな簪をさした、こちらも巫女服の美人さん。
「あの二人が、派閥のトップよ」
ツバキそんが、ため息混じりにそう呟く。
そして、ツバメがツバキさんに聞こえないように、補足説明してくれた。
髪を一つにまとめたほうが、一般のほうの代表であり、姫巫女のサクラさん。簪をさしているほうが、同じく姫巫女のキクノさん。
サクラさんとキクノさん、そして、ある意味中立側の代表であるツバキさんを合わせて、“三美巫女”と呼ばれているらしい。
「二人のあれは意地の張り合いよ。下への影響力がどういうふうに出ているか、全く考えていないのよ」
困ったものね。と言うツバキさんの表情は笑っている。なんだか、昔からの知り合いのような気がする。
ツバキさんが、先に行っててね。と言うので、ツバメ達に案内されて、俺はツバキさん達中立の本拠地? に向かった。
◇
■ツバキ視点■
ツバメ達がスノウさんを案内するのを見届けてから、言い合う旧友二人の元に向かう。
三人一緒に先生から習っていた時と変わらず、あの二人は張り合っている。しかし、昔と違って今は大人だし、他の巫女達を引っ張る姫巫女なのだから、もう少し仲良くしてほしい。対外的には
別に、張り合うなとは言っていない。それを普段からやっているのが問題なのだ。現に、あの二人は誰かに唆されたのだろう。彼女達二人を修行に向かわせようとしている。まぁ、そこはスノウさんがなんとかしてくれるでしょう。とりあえず、こんな人の目に止まりそうな場所で言い争っている二人を止めましょう。
「サクラ、キクノ、何をしているんですか?」
「「ツバキ!」」
嬉しそうに笑う二人を見ながら、どうして二人きりの時にそうやって笑えないのか疑問に思ってしまう。
「ちょっと、ツバキは私に声をかけたんだから、あんたはどっか行ったら?」
「あらあら、幻聴でも聞いたんじゃなくって? ツバキが声をかけたのは私よ」
再び言い争いを始めた二人を抑えつつ、本当に上手くいくのか少し心配になってしまうのだった。




