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閑話 クラド攻略戦 前編

皆様、こんばんは。

今回は二話分の更新をさせていただきます。

 領地攻略において、反乱軍が手始めに行ったのは補給線の確保であった。


 侵攻作戦というものは略奪による補給が一般的だ。

 自前で用意するよりも容易であり、補給を必要としないため速やかな行動が可能だからというのが大きな利点である。


 しかし反乱軍としては、略奪による民衆の反発は避ける必要があった。

 そのための補給線である。


 領境の付近に食料基地を作り、補給部隊の編成を行い、その後に反乱軍の二部隊はクラドとルマルリへ同時に侵攻を開始した。


 最初の戦闘が起こったのは領境の関所である。

 ミラの率いるクラド攻略部隊は、下調べの成果もあり速やかにこれを制圧してのけた。

 人的被害も軽微である。


 伝令を逃す事もなく、この時点でクラドの領主がその事実を知りえる事はなかった。


 ミラはここでさらに部隊を分ける決断をする。

 その警戒心の無さを衝き、拙速を重視するべきであると判断したのだ。

 北部にヨシカ、中部にリュー、南部にミラの部隊を置き、そこから領城を目指し東への行軍を開始した。




 クラドの領地には砦とまではいかないが、防備を調えた兵士の駐屯地が点在していた。

 バルドザードとの戦いが始まった際、リシュコール国内の治安が悪化する事を見越して領主が建設したものである。


 クラド領主には先見の明があり、こと争いに対する嗅覚に優れていた。

 領の経営に関しては才覚がなく、それでもゼリアに重用されるのはその高い戦闘能力があってこそだ。


 今も彼女はバルドザードとの戦いに赴き、前線で戦い続けている。

 領地の経営は領主の夫が担っており、戦闘の指揮についてはその娘があたっている。


「これからこの領での戦いが終わるまで、何も言わずについて来い」


 三つに分けられた部隊。

 ヨシカが担う事になった北部部隊には、マコトがいた。

 駐屯地を前にし、これから攻撃を仕掛けるという時になり、ヨシカはマコトにそう告げた。


「わかった」


 マコトはそれを了承する。


 領境より北東へ進路を取ったヨシカの隊が最初の駐屯地へ辿り着くと、ヨシカは突撃を命じた。


 駐屯地に城壁はなく、兵舎が二軒と厩舎一軒が建つだけの小規模なものである。

 物見やぐらがあり、そこから部隊の接近に気付いていたクラド領兵は警戒態勢を取っていた。


 先頭を行くヨシカはそれに躊躇い無く踏み入り、目に付く敵を次々に叩き伏せた。

 率いられた反乱軍の人員は、その背中を見る形で続く。

 マコトはその背を一番近くで見る位置で、同じく寄ってくる領兵を倒していった。


「無法者め! 名を名乗れ!」


 誰何の声を上げる領兵指揮官に、ヨシカは何も語らず、歩み、迫る。

 おもむろな接近、上段からの一刀。

 指揮官はその一撃を防御するが押し切られる。


 防御に使った剣が断たれ、左鎖骨から胸の中ほどまでを斬りつけられた。

 剣の一閃に沿って火花が走り、遅れて傷から血が噴き出す。

 その一刀は命に届く事はなかったが、指揮官は膝を折った。


「指揮官、討ち取った! 投降しろ!」


 ヨシカが発した声に、領兵達は投降と抗戦の態度をそれぞれ見せ、抗戦を選んだ兵士を無力化する事で最初の戦いは終わった。

 あまりにも早い決着であった。

 その鮮やかな手際から、ヨシカが戦に慣れている事が伺えた。


 領兵指揮官は捕縛。

 これは極力殺さないようにという、ロッティの指示があったからだ。


 戦う事になっているが、リシュコールは本来味方である。

 ならば、将来のバルドザード戦を見越して有能な人材は残すべきだという判断だった。


 無事攻略を成功させたヨシカだったが、そこで動きを止める事はなかった。

 ミラへの伝令と占領を維持するための人員を部隊より出すと、厩舎から馬を徴発してすぐに進軍を再開した。


 元農民の多い反乱軍の人員達は、馬に乗る機会も少ない。

 危なげなく騎乗するヨシカの後を悪戦苦闘しながら続いた。

 マコトもまた馬に慣れておらず、苦戦を強いられている。


「身体から力を抜いて馬に任せろ」


 それを見かねたヨシカがそう助言する。


「そうは言っても……」

「馬は乗り手の不安を察する。馬を落ち着けたければ、まずはお前が落ち着くんだ」


 マコトは素直に従う。

 まだ少し、なれない事に力んでしまうが、力を抜くと確かに馬が落ち着いたように思えた。

 御さなければいずこかへ行ってしまうのではないかとも思ったが、ヨシカの乗る馬についていくようにマコトの乗る馬は動いた。


 それから数日。

 ヨシカの部隊は、夥しいまでの戦果を上げた。


 彼女達はその期間のほとんどを移動に使い、休息を一切取らなかった。

 脱落者は多く、ついて来れないと判断した人員は落とした駐屯地の維持に任命し、さらに行軍は続く。


 そうして最終的に、彼女の部隊人数は十人を下回っていた。

 その中に、マコトの姿があった。


 彼女の目からは意思の光が消えつつあった。

 それでも彼女はヨシカの後を追い続けた。


 強制的に課された常在戦場の日々。

 それに適応していく過程で、彼女の中から次第に不要な考えが消えていった。

 如何に休息できない場で休息を得るか、弱った身体でどう剣を振るか、どう敵に勝つか、どうすれば死なずに済むか。

 思案する暇はなく、思考は思考として認識できなくなり、身体がそれらに答えを出すようになっていった。


 彼女は剣士として、純化しつつあった。


 ヨシカが行軍を止めたのは、占領した拠点を維持するだけの人員を確保できなくなった時である。

 人の補充をミラへ伝え、その間を拠点での休息にあてる事にした。


 その通達に、仲間達が身体から力を失い倒れる中、マコトはしっかりと自分の足で馬から降りる。

 深く長い呼吸。


 既にマコトは、休まずに休む方法を体得していた。

 これまでの過酷な行軍を経て、彼女にはまだ余力がある。


「マコト」


 ヨシカに呼ばれて見やると、彼女は剣を抜いた。

 何の疑問もなく、マコトも大剣(スルト)を構える。


 その次の瞬間、二人の剣が交差した。


「いい音だ」


 ヨシカはそう、マコトに賛辞を贈った。




 治めるべき民を見捨て、敵国の民を助ける。

 ボラーはそんな自分に皮肉を覚えていた。


 迷いがないわけではない。

 葛藤がないわけでもない。


 過去の責務から逃げた自分に、罪を払拭する事はできない。

 開き直って忘れ去れる性分でもない。

 だから彼女は今も、過去に囚われ続けている。


 それでも、かつての選択を後悔した事は無かった。


 イツキを助ける事にすら迷っていたボラーの背をロッティは押した。

 その言葉で、驚くほど簡単に迷いが晴れた事をボラーは覚えている。

 あまりにも利己的な考えであり、為政者としては恥ずべき考えだった。

 だからこそ、彼女には自分では答えが出せなかった。

 その時のボラーにとって、ロッティの言葉はあまりにも都合が良く……。

 そしてその都合の良い考えを選んでもいいのだ、という事に気付く事ができた。


 それがあったから、ロッティに対して恩を感じている。


 二年前。

 彼女を訪ねてきたロッティは、自分の部下になるよう要請した。


 再会した彼女は風貌こそ変わらないが、雰囲気が大きく違っていた。

 幼さゆえの甘さが消えていた。


「もちろん、タダでとは言わない。まず、今後二人の生計を立てる手段を提供する」


 ロッティの提示する条件は、魅力的なものだった。

 作物も多く採れない寒い土地。

 徴税も相まってイツキだけでなく、村そのものが貧しかったが……。


 この後、講じられた手段によって生活が安定する事になり、向上すらした。

 それどころか村全体の活性にも繋がり、今にも地図から消えそうな寒村がその後速やかに立て直される事となる。


 しかし、それ以上に追加で提示された話は、条件以上にボラーの心を打った。


「僕は、最終的にバルドザードを攻め落とすつもりだ。それに際し、バルドザードの領地もリシュコールの物となるだろう。もちろん、キョウカ領も……」


 キョウカはバルドザードの領地であり、そしてボラーの家名でもある。

 そこは彼女の実家なのだ。


 キョウカ領は領民に圧政を敷いていた。

 前領主であるボラーの母の統治であったが、領民から送られる恨みの視線にボラーは耐えられず……。


 母が引退し、自分が統治を行うようになり、一層強く感じられるようになった恨みの念から、彼女は逃げ出した。

 国王(ヘルガ)の要望に逆らう事もできず、彼女は全てを放り投げて国を捨てたのだ。


 今もきっと、あの領の在り方は変わらないだろう。

 だから今も後悔が残っている。


「君も、ケジメをつけられるぞ」


 笑みを浮かべて軽妙に語られるその言葉は、素性と経緯を知っていなければ出てこないもの

 だった。

 それには薄ら寒さも感じたが、それ以上に魅力を感じたものである。


 今はまだ絵空事。

 しかし、彼女についていけば、捨ててきた過去に決着をつけられるかもしれない。

 断る理由はなかった。


 目的地へ着くと、彼女はそれまでの追憶を中断した。


「ルージュ殿」


 空から降り立ったボラーは仮面の軍師に声をかける。


「報告を」


 ボラーはその機動力を生かし、情報収集と伝達に務めていた。


「ホウコウの部隊が突出し過ぎている。こちらも行軍を急がなければ……」


 報告を終えると、ミラはそう一人ごちる。


 どういう行軍をしているのか、ヨシカの部隊はあまりにも進軍が早かった。

 リューと言う最大戦力を有したスノウの部隊も早いが、ヨシカはその倍早い。


 進行速度の高さは歓迎するが、敵兵士の動きから恐らく侵攻されている事が知れ渡っている。

 そもそも、クラド領の統治は農民に対して易しいものだ。

 民からの報告が自主的になされてもおかしくない。


 村々に近くも、戦闘の被害が出ない程度に敷かれる駐屯地の位置。

 それを見るだけでも民を大事にしている事は計り知れる。


 正直に言えば、今回の戦いは反乱軍の大義を見失っている。

 それでも戦いを仕掛けたのは、後々を見据えての事だ。

 ルマルリだけを攻略し、その先にある領地リニアへ攻め入った場合、クラド領から後背を衝かれる可能性が高かった。

 ロッティに至っては、それを確実視すらしていた。


 その時の話し合いで、ミラはかつてロッティが語った「未来を知っている」という話を思い出した。

 馬鹿馬鹿しいと思いつつ、ロッティの展望は恐ろしいくらいに当たる。


「ボラー殿。しばし、私の部隊で剣を振るってもらいたい」

「承知しました」


 反乱軍侵攻の報告が伝わっているとして、配慮を怠らない領主が籠城など領民の被害を出す作戦を取るとは思えない。


 抗するならば、部隊を率いての野戦になるだろう。

 そうして真っ先に狙われるとすれば突出したヨシカの部隊だ。

 それを防ぐためにも援護できる距離にミラの部隊を進めておきたい。


 領の部隊ともなれば、規模も大きいだろう。

 部隊を進めつつ、できる事ならば途中でリューの部隊と合流もしておきたい。

 最終的には全ての部隊を結集し、そのまま領城を落として領を占領する。


 しかしヨシカ、スノウの部隊に比べ、ミラの部隊には攻撃力が不足していた。

 占領した駐屯地の維持に人を送っている事も関係している。

 ヨシカの猛攻によって、この維持する人員も想定より数が嵩んでしまっていた。


 進軍のための突破力に不安があった。

 強引にでも部隊を推し進める必要がある……。

 そのための苦肉の策としてボラーを部隊へ組み込む事にした。


 現状、情報のやり取りが上手く回るのはボラーの機動力があってこそだ。

 戦闘員として部隊に組み込めばそれを捨てる事になる。

 惜しい事であるが、足並みを揃える事はそれ以上に大事だった。


 それからミラは行軍を早め、近くの駐屯地を制圧した。


 ここまでミラは自らの指揮を駆使し、他の部隊に劣る戦力で駐屯地を落としてきた。

 しかし、ボラーの参加でそれは一変した。


 ボラーは駐屯地を前にして。


「自分のできる事をお見せします」


 そう宣言すると、単身で敵地へ飛び込んでいった。

 ミラは独断専行に苛立ちを覚えたが、戦闘に参加する事になるとその苛立ちも消えていた。

 ボラーにかき回された敵陣は激しく乱されていた。


 ボラーの身のこなしは敵の攻撃を近づけず、振るう剣もまた一級品であった。

 聖具に頼るまでもなく、彼女は成熟した戦士だった。


 混乱に乗じた部隊の突撃は、あまりにもあっさりと勝利をもたらす結果に終わった。


「たいしたものですね」


 戦いの終わりにミラは声をかけると、ボラーはかすかに微笑を返した。


 優秀な人材は贅沢な悩み方をさせてくれる。


 ミラは内心で苦笑した。

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