表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

97/131

七十七話 発散と変身と疑念

「ギオール姉ちゃん!」


 そう言ってギオールに駆け寄るリューの姿を見かけた。


「おう、リュー」


 近寄ったリューの頭をギオールはぐしゃぐしゃと撫でた。

 リューもそれを嬉しそうに受け入れる。

 その背後で面白くなさそうにそれを見るスノウ。


 思ってた以上に懐いてる……。


 ギオールは人当たりが良く、リューだけでなく領城に住む多くの人々と仲良くしているようだった。

 ジーナとケイも揃って話し込んでいる姿をよく見る。

 そして、保護者のようにリューへ張り付いて背後から見守るスノウの姿も。


「そういやさ、ここは男がいないんだな」

「まぁ、戦いに出してもやられちゃうからな」

「いや、そうじゃなくてよ。溜まるもんがあるじゃん? ほら、物理的にじゃなく、気持ち的にさぁ」


 何の話してんの?


「子供に変な話聞かせてんじゃねぇ!」


 スノウが苛立ち混じりに怒鳴った。

 ガッとリューの頭を掴んで、ギオールから引き離す。


「子供扱いすんなよ」

「お前はまだ子供だ」

「なんだよ!」


 逃れようとするリューの頭から手を放さないまま、二人は言い合う。


「喧嘩すんな。リューが可愛いガキなのはわかるけどな」


 言いながら、ギオールはリューの顎を片手で掴んだ。

 指で両頬をたぷたぷと揉む。


「ガキじゃねぇし!」


 頭と顎を掴まれて逃れようとするが、がっつりと固定されているようだ。

 リューの顔が拒否犬みたいになってる。

 そんなリューをまぁまぁと宥めつつ、ギオールは続ける。


「そういう知識も早いうちに持ってた方がいいと思うんだよ。むしろ、知らない方がマズイって事もあるだろ?」

「それは……そうだなぁ」


 何か実感の伴った声色でスノウは同意した。


「だろ。だから教えておくんだよ」

「さっきから何の話なんだよ?」


 分かり合う大人二人に、リューが唇を尖らせる。


「傭兵とか、こういう軍隊みたいな大所帯だと、男も常駐するもんなんだよ」

「何で?」

「いやらしい気分になる時ってあんだろ?」

「あ、あるけど……」

「そういう時、男がいないと発散するのが難しいだろ」

「何で?」


 本気でよくわからない様子のリューに対して、ギオールは目を閉じて考え込む。


「お前がわかんないならいいんだ。だとしても、他の連中からそういう要望が出てくるだろ?」

「出ないけど」


 ギオールは再び難しい顔をする。


「ここ、そういうのどうしてるんだ?」


 ギオールはスノウに問いかけた。


「女同士で発散してる奴が多いぞ」

「発散する手段があるならいいんだが……。それはそれでマズイ気がするな」

「そうだな」


 二人の会話に、リューだけがよくわからないという表情をしていた。


「まぁ、男が絡むとそれがきっかけで喧嘩する事もあるからな。規律を守るって見方をすればいい事なのかもしれないな」


 発散と規律か。

 考えが及ばなかった。


 おかしな事を言い出したと思ったものだが。

 今思えば、ミラはそういう部分も見据えてあのような提案をしたのかもしれない。




 次の戦いに向けて、ミラは戦力の見極めから始めた。

 私もそれに同行する。

 今の反乱軍、その実力を確かめておきたかった。


 領城から離れた平原に集められる反乱軍の戦闘部隊。

 例外なく集められた将と呼べる人材達。

 クローディアを除いた聖具の使い手達。


 そして、その様子を眺める呪具の使い手。

 ギオール。

 彼女は面白いものでも見るように、笑みを作っていた。


 主に模擬戦で実力を測る。

 部隊を二つに分けての軽い団体戦だ。

 ミラとしては、将の力量ではなく指揮能力を確かめたいようだ。


 同じ力量の将同士がぶつかった時、勝敗を分けるのは率いられた兵士だ。

 国軍と戦うならば、そのような状況は多くなるだろう。


 見た限り、才ありと言える指揮を見せたのは四人。

 ヨシカ、スノウ、ボラー、リアである。

 他……特にリューは自分の戦いに白熱し過ぎ、途中から周りが見えなくなるようだった。


 それらの検分が終われば、個々の力量を測る。


 事件が起こったのはその時である。

 リューとジーナが模擬戦を行っていると……。


「調子に乗んなよ! てめぇ!」


 不利になったリューの体が、赤熱化するかのように色づいた。

 身体がエネルギーと一体化したような、奇妙な形態へ変身する。


「あ……」


 それを見て私は思わず、声を漏らした。

 これは予定外だ。


「ちょっと待った」


 私が声を上げると、二人はすぐに動きを止めた。


「なんだよ? これからって時に」


 二人の方へ近づくと、リューから強い熱のような物を感じる。


「変身を解いて」

「ん」


 リューの姿が普段のものに戻った。


「そんな芸当ができるようになったとは聞いていないんだけど」

「言ってなかったっけ? カッコイイだろ?」

「うん。格好良いよ。だけど、それを使うのは控えた方がいい」

「なんで?」


 リューは不満そうに聞き返す。


「その姿は聖具と融合した姿だ。使いすぎると人ではなくなる」

「ええっ!」

「それでもいいなら止めないが」

「控えるよ」


 確か、王龍形態だったかな。

 ゲームでもリューだけが使えたパワーアップ形態だ。

 ただし、それは続編での事。

 しかも終盤だ。

 今使えるようになるのは早すぎる。


 設定上では使い過ぎると戻れなくなるというものだったが、ゲーム中でそれによるデメリットはなかった。

 多分、使えるリミットを設けるための設定だと思われる。

 三ターンで変身は解けるようになっていた。


 もう一つ役割のある設定だが、今それは関係ない。


 とはいえ、何が災いするかわからない。

 ゲームの本筋でリューが戻れなくなるという展開がない以上、控えさせた方がいいだろう。

 筋書き通りに進めるなら、イレギュラーは避けたい。


「短時間なら大丈夫だ。ここぞという時に使うよう心がけて」

「わかった」


 それからは順調に鍛錬が進んだ。

 その様子を眺めていると、不意に声をかけられる。


「あんたが大将なんだな」


 声に目を向けると、ギオールの笑顔が目に入った。


「ここの大将はリューですよ」

「ああ、俺もそう思ってたぜ。あんたが来るまでは」

「あなたにそう思わせる根拠は何かな?」

「あんたが現れてから、組織が緊張で縛られた感じだ。みんなあんたを気にしてる。リューは人気(じんき)を集め、ミラは信頼を集めているが、どちらも向けられているのはあんただけだ。それに加えて、敬意も感じる」


 ん?

 私はみんなからそう思われているのか?

 できるだけ目立たないように気をつけていたんだけど。


「それはそれは……。人からの感情をつぶさに気にする方ならではの答えだ」

「俺が繊細な人間に見えるか?」

「見えないが……。あなたはそういう人間だ」


 ギオールは苦笑する。


「よくもまぁ、決め付けてくれるもんだ……。俺の何を知ってるってんだ?」


 逆鱗に触れたのだろう。

 威嚇するように、低い声色で問いかけてくる。


「ある程度は……。不躾に人を計ろうとなさるなら、そのように返されても仕方のない事でしょう」

「そりゃそうだなぁ……。悪かったよ」


 ギオールは緊張を解き、素直に謝った。




 鍛錬が終わり、領城に戻る。


「どのようなお考えがあって、バルドザードの人間を引き入れるのです?」


 廊下を歩いている時に、問いかける冷たい声。

 声の主はリアであった。

 普段の柔和さがない、硬い表情で壁に寄りかかっていた。


「怖い顔だ。あなたは笑顔の方が似合う」

「誤魔化さないでいただきたい。あれは呪具の使い手。何故、討とうとなさらない?」


 バルドザードに対する忌避、敵対心、いずれも軍中においてはリアに勝る者もないだろう。

 私に不信を持つのも仕方がない。


「バルドザードは、あらゆる手段を講じなければリシュコールと戦えない状態だ。そして、それは僕達も同じ事。バルドザードを滅ぼすだけなら、協力をつっぱねるのもいい。だが、僕達の目的はそうじゃないだろ?」

「……得心がゆきました」


 リアの表情に笑みが戻る。


「バルドザードは滅ぼす。……呪具の使い手もまた、残らず始末する」


 口にして、シロの事が頭に浮かぶ。

 彼女もまた、殺さなくてはならない。


「だが、それは今じゃない」

「はい。信じましょうとも。……それにしても、リューはやはり正義に愛されていますね」


 おもむろに、リアはリューの事を話題に乗せる。


「何故そう思う?」

「聖具の性質は正義に寄るもの。それに心を通わせなければ、あそこまで聖具を使いこなせない。それを思うと……如何ともしがたい気持ちになりますね」


 顔を上気させて彼女は言う。

 同意を求めないでほしい。

 私にはわからない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ