閑話 深く深く 後編
今回の更新は三話分になります。
何故、彼女がここにいるのか……。
「バルドザードへの小旅行は楽しかったかな?」
ロッティの問いかけに、自分の動向を捉まれていた事を悟る。
汗が背筋を冷やす。
「何の話でしょう?」
「本国経由でバルドザード領土キョウカ領への日帰りだ。どうやらお友達と合流できて、おしゃべりも楽しんだようじゃないか」
彼女の語る言葉には、何も間違いが無い。
どうやって?
警戒は十分にしていた。
対策も……。
「君に憶えがないというのなら、それでもいいよぉ。そういう事があったという前提で話をしよう。僕も一応、この国では偉い立場だからねぇ。権力者を相手にする時は、気分を損ねないよう話を合わせるべきだと思わないか?」
普段、私と接する時とは違う。
粘りつくような態度と言葉。
誠実さと付け入れそうな甘さがすっかりと消えている。
あれは全て演技で、これが彼女の本性なのか。
私はそれを見誤っていたか。
実力と共に。
だが、どこまで知っている?
ここに現れたのは、私に洗いざらい話させるためではないのか?
なら、全容を掴んでいない可能性もある。
先ほどの話はブラフで、欠けた情報を補うのが目的かもしれない。
「……大使館の者達は?」
「用事があるのは君だけだ。早めのお休みに入ってもらっているよぉ」
生きているとも、死んでいるとも取れる言い方だ。
どうする?
バレたのなら、いっそここで殺して逃げるか――
その時、背後から一人の女性が現れる。
ロッティの護衛を担う、クローディアという傭兵だ。
私の心情が殺気を発し、それを察したのかもしれない。
彼女がいるのならば、殺して逃げる事もできないだろう。
「椅子を使わせてもらって申し訳ない。だが、それほど長話をするつもりもないんだ」
「ご用件は?」
「正直に言えば、それも無い。強いて言うなら、恩情かな」
「恩情?」
「セイレン、ジオ、ティタン、ハックシー、テオ、ルクオン、そしてアジン。国境を面していない国ばかりだというのに、よくもまぁ話をまとめたもんだ」
それらは、今回の計画に賛同したリシュコール同盟国の名前だ。
その全てが、誤る事無く告げられた。
もはや、隠す必要もないだろう。
「反乱軍にも声をかけるかと思ったが、それはしなかったんだな」
彼女は、全てを把握しているように思える。
しかし、この期に及ぶまで静観していたのは何故だ?
意図がわからない。
「計画を止めに来たというのなら、少し遅かったですね。もはや、実行を待つのみ。私一人を止めた所で、何も変わらない」
既に時期を示し合わせ、同時に襲撃するだけだ。
互いに接触する事も、連絡する事ももうない。
私だけを止めても、何も変わらない。
「恩情だと言ったろぉ? まぁ、下心がないわけでもないんだが。ここで君を説き伏せられれば、リーディアの動きだけは止められる。リーディアが襲撃している領地は、僕の派閥に入っている領主の土地だ」
「ご愁傷様ですね」
「当然、襲撃に対する迎撃の準備も整えている」
「……」
「このままでは多くの被害が出るな。その大半は、リーディアの兵士だ」
「……あえて忠告くださるのは、我が国の兵士を脅威として見てくださっていると見てよろしいか?」
「ただの事実を伝えただけだ」
本当に事実だろうか? もしくはハッタリか……。
素直に言葉を受け取れば恩情。
しかし、そのような事があるか?
実の所、迎撃の準備が整っていないからこそ、言葉で制止しようとしているのではないか?
だが、情報の精度と規模を見るに、計画の初期段階から察知されていると見ていい。
準備する時間は十分にあったはずだ。
だが、だとしても襲撃の中止はありえない。
多大な被害が出るとしても、もはや止まれない。
これはリーディアが生き残るために、必要な事だ。
何より、ここで踏み止まれば他の国を裏切る事にもなる。
「どうする? 踏み止まれば、待遇の緩和を図ってもいいし、体裁だって整えてあげるよ」
ああ、見通されている。
全てではないにしろ、譲れるべき所を譲り、こちらの利得に訴えかけてくる。
本当に国への待遇が改善されるなら、この話はあまりにも魅力的だ。
事は人の命がかかる事。
国の大事に人の命を尊びすぎるものではないが、何の利もないとなれば無駄にできぬ。
できぬが……もはや大事が過ぎる。
私に選択権はない。
「どうするかは……君の好きにすればいい」
ロッティは言うと、椅子から立ち上がった。
部屋を出るため、入り口へ向かう。
途中、立ち尽くす私とすれ違った。
足を止め、振り返る。
「ああ、それともう一つ。事を起こしたとしても、リシュコールに謀反を征伐するだけの余力は無い。なおかつ、この機にバルドザードの攻勢があるかもしれない。そう考えているんだろう?」
リシュコールとバルドザードは一進一退の攻防を続けている。
バルドザードにとって、この反乱は絶好の機会だろう。
計画の成功に乗じて攻め入れば、そのまま攻め滅ぼす事はできなくとも、大きく領土を削る事はできるはずだ。
聡明なヘルガ王がそれを見逃すとは思えない。
「恥ずかしながら、前者は的を射ている。しかし、バルドザードが攻勢に出る事はない」
「何を根拠に?」
「根拠はあるがね。納得させる言葉は用意していないんだ。それではごきげんよう」
なおも、彼女は丁寧にこちらの動きを潰そうと言葉を重ねる。
しかし私にはもう、抗う気概がなくなっていた。
「お待ちを」
別れの挨拶を告げる彼女を呼び止める。
「どうやって、我々の動きを察知されたのですか?」
「優秀だろぉ? リシュコールの諜報部は」
「細心の注意を払い、事の露見を防いできました。しかし、その姿は見えなかった」
「見せなかったからね」
どういう事だ?
「パパはあえて諜報部の活動を見せていた。事を起こさせる前に……。踏み止まれるように……。要は、抑止力として諜報部を使っていた。僕はそうじゃなかった」
それではまるで、今回はあえて見逃し、計画を進めさせたようではないか。
諜報部は機能を失っていたのではない。
我々の眼に映らなくなっただけなのだ。
深く深く、さらに深い闇の中に身を潜めてしまったから。
我々にはもう、この国の諜報を察知する事はできないのだろう。
これからは影に怯え、恐々と従う他になくなる。
ぎりぎりで内容をいじったので、おかしな部分があるかもしれません。
何か気付けばご指摘ください。




