七十四話 家族との交流 後編
王都へ帰還して数日。
王城の廊下で一人の女性と出くわした。
彼女は廊下に備え置かれた椅子に座り、うな垂れている。
緑がかった黒髪を後ろで一まとめに括った、身なりの良い女性だ。
「ベルデ大使、ご気分が優れないのですか?」
声をかけると、ベルデは顔をあげてこちらを見る。
私が誰であるかに気付くと、立ち上がって姿勢を正す。
「これはロッティ殿下。お見苦しい所を見せてしまい、申し訳ありません」
「お気になさらず。……また外交担当に意地悪されてしまったんですか?」
「それは……はは」
ベルデは言葉を濁しながら苦笑する。
相手方の王族に話すような話ではないだろうな。
彼女はリーディアという国の大使をしている。
リーディアはリシュコールの西方に位置した小さな国で、リシュコールとは同盟関係にあった。
彼女の様子を見れば、またリシュコールの外交担当から無理難題を押し付けられたのだろう。
同盟関係といえば聞こえはいいが、国力の違いからこの国の貴族はリーディアを始めとした同盟国を見下げている傾向が強い。
以前はそうでもなかったが、パパが亡くなってからは諌める人間がいなくなってしまった。
まして戦時中である。
物資は湯水のように消費され、慢性的な不足を余儀なくされていた。
その不足分の供給源として、同盟国へ負担の矛先が向くのは自然な事だった。
「一応、言い含めてはいるのですがね。僕も失脚した人間として捉えられているようで、真面目に取り合ってもらえないのですよ」
「いえ、恐れ多い事です。便宜を図っていただき、楽にはなっています」
そう取り繕うが、彼女の疲弊具合を見ると助けになっているようには見えない。
「パパが生きていれば、このようにはならなかったのでしょうけれど……」
「……そうですね。……あ、いや、決して今に不満があるわけではなく……」
思わず、本音が出たようだ。
それも仕方がないだろう。
「これは我が国の問題ですゆえ、殿下が心を痛める事ではございませんよ。心遣い、ありがとうございます」
恭しく頭を下げ、ベルデはその場を後にした。
「お姉様」
資料室で調べ物をしている時、グレイスに声をかけられた。
「久しぶり、グレイス」
「はい! あの、ご一緒していいですか?」
書類の束を抱えた彼女はそう申し出る。
「もちろん」
自分の仕事をしながら、グレイスの抱える仕事を手伝う。
グレイスが担っているのは、王都におけるもの……。
というより、これは本来ゼリアがしなくちゃいけない事では?
そう、私は訝しんだ。
「これは陛下の仕事じゃないのか?」
「うん。でも、ママはこういう仕事苦手だから。ジークリンデ伯母様と一緒に共同で処理してるんだ。ママはここに判子押していくだけ」
パパがいた頃からそうだったけど。
悪い習慣だなぁ……。
しかしまぁ、それでもパパが担っていた仕事量よりも少ないんだよね。
「外交関係の書類を提出しているのは? アート外交長官?」
「うん。そうだよ」
パパがいた時からそうであるが、その時はしっかりとパパが目を通してからゼリアに渡っていた。
今はそれが外交長官から直通でゼリアに渡っている。
「外交関係の書類に目は通してないよね?」
「はい。……目を通した方がいいですか?」
「いや、それはこっちでどうにかするからいい」
グレイスの仕事ぶりは十分だ。
これ以上仕事を振り分けるのは酷だろう。
「お願いします」
それから仕事を終わらせて、しばらく雑談をしてからグレイスと別れた。
訓練場に行くと、ゼルダと双子が模擬戦を繰り広げていた。
「とったわ!」
「とってない!」
カルヴィナの仕掛けた攻撃をゼルダは軽くいなして返した。
スーリアはゼルダの背面に位置しながら、その様子を注意深く観察している。
カルヴィナの攻撃に合わせ、支援するように動く事こそあったが同時に仕掛けるという事はなくなっている。
カルヴィナの攻撃後に起きる隙のフォローがメインだ。
前と比べて、攻撃よりも安定性を重視するようになったというべきだろうか。
その分、カルヴィナの攻撃もかなり雑になっているが。
そんな二人の攻撃に、ゼルダは危なげなく対応していた。
カルヴィナが攻撃を仕掛けるとそれをかわし、その隙をついて反撃しようとする。
そのタイミングで背後からスーリアがゼルダを攻撃するが、それを予測していたゼルダはあっさりと迎撃する。
その上で、カルヴィナにも決着の一撃を与えた。
「きゃっ!」
「ひゃっ!」
ゼルダはくるくるとトンファーを回す。
「まだ、追いつかれずに済みそうだな」
「「くやしいわ!」」
心底悔しそうな双子を見て、ゼルダは軽く笑った。
「二人共元気そうでよかったよ」
決着の後、私は三人に声をかける。
「あら」
「お姉様」
「「お久しぶりね」」
模擬戦の疲れを感じさせつつ、双子がステレオに挨拶する。
「戦い方がなかなか様になってきたね」
「「まだまだよ」」
「十分だと思うがな」
ゼルダが答える。
「「だって、ゼルダに勝てないじゃない」」
「私にも姉としてのプライドがある。……グレイスにはもう勝てないが」
私も無理だな。
グレイスは炎熱と電撃の属性変換ができる事もそうだが、浮遊能力まである。
浮遊能力を持つ相手は重心という概念がないので、体勢を崩す事はもちろん、投げ飛ばす事もできない。
せめて属性変換がなければ、マコトと戦った時のように絡み付いてどうにか締め上げられるんだけど。
でなければ、捕縛は無理だ。
「だが、お前達の相手をするにも余裕はないんだぞ」
ゼルダは慰めるように言うが、双子は不満そうに答える。
「でもあの王様は」
「ゼルダよりも強いわ」
王様。
ヘルガの事だろう。
「「お風呂に入って部屋に戻るわ」」
「今日は意味深な言葉を残していかないのかな?」
私が問いかけると、訓練場から出て行こうとする二人が私の方へ振り向いた。
「反乱軍がシャパド領を制圧したようね」
「それについて話したい事もあるけれど」
「「今日はやめておくわ」」
同じ顔がいたずらっぽく笑い、そう言い置いて離れていく。
まぁ、二人は何かしら気付いているようだし、その方が私としても助かる。
「何の話だ?」
ここにはゼルダもいるからね。
「何でもないよ。ゼルダもお風呂に行ったら?」
「……臭い?」
「いや、今はそれほど。本領発揮はこれからだ」
「風呂入ってくる」




