七十三話 家族との交流 前編
皆様、こんばんは。
今回の更新は三話分です。
私はクローディアと共に、王都へ足を踏み入れた。
数ヶ月ぶりの帰宅である。
長い道程で若干シュッとしたアルファを厩舎に預け、自室へ向かう。
多分、三日ほどで元のサイズに戻るだろう。
風呂で汗を流す前に、鍛錬をしておく。
逆立ちし、身体を支える腕を右だけに移行し、手の平から指で支える形に変え、一本ずつ支える指を減らす。
最終的に小指だけで身体を支える。
「ふー……っふー……っ」
小刻みな呼吸で負荷に耐え、限界までその体勢を維持した。
倒れるようにして鍛錬を止め、そのまま仰向けに寝転ぶ。
少し休んでから、クローディアと風呂へ向かった。
その途中、ゼルダと出くわす。
「ゼルダ、居たのか」
「ずいぶんな言い様だな」
「戦場に出てるかと思ってたから」
「ママが帰ってきているからな。姉妹もみんな帰らされる。まったく、過保護な事だ」
「大事にされてるって事だよ。良い事じゃないか」
答えると、ゼルダは私をじっと見据えて返す。
「……お前だって大事にされてるんだぞ」
「それは知ってる」
「あまりママを虐めるな」
「うーん……」
快い返事はできなかった。
「まぁいい。お前にとっても許せない事だったんだろうからな。それはそうと、定期の領主会議以外で王都に帰ってくるのは珍しいな」
「シャパド領が反乱軍に占領されたのは知ってる?」
告げると、ゼルダは驚きを見せた。
「知らない。本当なのか?」
「なら良かった。無駄足にならなくて。それを知ったから伝えに来たんだ」
「反乱軍って、リュー達だよな?」
声を潜めて問いかけてくる。
私は首肯を返答とした。
やりにくいなぁ、とゼルダは小さく呟いた。
「確かに大変な話だ。よくそんな情報を得られたな」
「諜報部を引き継いだのは僕だからね」
「諜報部か……。最近まで、存在すら知らなかった。それもパパが仕切っていたなんてな。それを活用できているのなら、お前に引き継がせたパパの目は確かだったんだろう」
少しばかり、寂しそうにゼルダは言った。
「姉妹はそれぞれ、特筆すべき人間だ。でも、私にはそれがない。羨ましい」
「その心中を吐露できる素直さは美徳さ」
「そう思うなら、皆もそうすればいい」
「やろうと思ってできない素養だから美徳なんだよ」
素直という事は裏表がないという事だ。
場合によってそれは害にもなるが、彼女は言って良い事と悪い事の区別ができる。
感嘆すればそれを口にして褒め、正確な感想も相手が傷つくなら口を噤む。
それは純然とした美徳であるし、魅力でもある。
実際、彼女を慕って頼る人間も多い。
言わばそれは、カリスマ性だ。
当人は気付いていないようだが。
「君だって特筆すべき人間なんだよ。実感は湧かないだろうけど」
「そうなのかな? わかんないんだが」
小さく笑う彼女に釣られて、私も思わず笑ってしまった。
翌日。
私は城下町の工業区画へ向かった。
木工、陶工、鉄工など、物作りの工房が整理されてひしめく区画であり、軍の装備などもここで全て作られている。
私の目的は自分用の装備を整える事だ。
熱気のこもる工房の中ではいくつもの炉が火を灯しており、それぞれの前に作業台が置かれていた。
それぞれのスペースを職人達が占有し、思い思いに鉄を打って何かを作っていた。
職人達は皆女性であり、腰布だけのムキムキムチムチの半裸姿で炉に向き合っている。
焼けた肌に汗を浮かせながら鎚を振るっていて、すごい光景だ。
それらを眺めていると、工房の奥から一人の女性が歩み寄ってくる。
表情も物腰も柔らかいが、体つきだけは堅強だ。
他の職人達に負けず劣らず……いや、他の職人よりも一回りは大きな身体をしている。
彼女は私が贔屓にしている鍛冶師であり、この工房を経営する主でもある。
「殿下。此度はどのようなご用件でしょう?」
「注文したい物があってね。踵に鉄塊を仕込んだ靴を作ってほしい」
「用途をお聞きしても?」
「地面にある物を踏みつけるためさ。ああ、丁度人の頭くらいの大きさのものだ」
説明すると、工房主は楽しげに笑う。
ちらりと覗く犬歯に、隠された獰猛さが垣間見えるようだった。
この注文の意図は攻撃力の増強だ。
私は相手を転ばせる事が得意であるが、その後の追撃は苦手だ。
鉄を仕込んだ靴で踏みつけられれば、外傷は与えられなくとも少しくらい痛みを与える事ができるんじゃないかと思っての事だ。
「前に注文された戦鎚はお気に召しませんでしたか?」
「あれはいい品だったよ。あれだけ細いのに折れないし曲がらない。良くしなるからインパクトも大きい。何より軽くて扱いやすい。最高だ」
「私の技術の全てを込めた一品です。満足なされたようで嬉しい限りです」
「でも、手段は多い方がいい。だから、君の最高傑作をもう一つ作ってくれ」
「かしこまりました。図案を引いておきますので、後日お持ちします」
「頼むよ」
「では、失礼します」
工房主が挨拶し、工房の奥へ帰っていく。
私はそれを見送ると、工房を見学する。
「殿下」
すると、職人の一人から声がかかる。
鉄を打つ音に紛れ、聞こえるか聞こえないかの絶妙な声だった。
職人は作業しながら、視線をこちらへ向けない。
さりげない動作で、作業台の端に一枚の紙片を置いた。
「ありがとう」
彼女はグリアスの部下で、諜報部の人間だ。
職人から離れ、紙片の内容を確認する。
頼んでいた調査に関する報告書だ。
思ったよりも猶予はないかもしれない。
少し急がないといけないな。
そう思って紙片を閉じた時だった。
「ディナール卿」
作業をしていた別の職人から声がかかる。
「何かな?」
聞き返しながらそちらに向くと、彼女は職人ではなくゼリアだった。
下着一丁で作業台に当たっていた。
え、似合う。
馴染んでてすっかり職人さんの一人かと思った。
「何をなさっているのですか? 陛下」
「ゼルダが自分の武器を壊してしまってな」
よく見れば、ゼリアが作っているのはトンファーのようだ。
持ち手はともかく、棍の部分が金属の延べ棒みたいに太くなっているが。
「力はあるが、武器へ流す魔力の練りが足りないからよく壊してしまうんだ」
「持ち手と棍の繋ぎ目部分が折れやすいんだと思います。いっそ、粘りのある金属との合金にするか、革とかもっと衝撃を吸収しやすい素材に変えた方がいいかもしれませんよ」
「なるほどな」
しばらく、ゼルダの武器について話し合った。
「それより、お前は何故ここにいる?」
「注文したいものがあったんですよ」
「そうか」
ゼリアは視線を逸らし、手元の作業台へ向ける。
熱されて赤くなった鉄を打ち、失敗した所を指で強引に擦って均し、形を整えた。
ゼリアは金槌で叩くより手でやった方がいいんじゃないかな。
「陛下にお伝えしたい事があります」
「何だ?」
「シャパド領が反乱軍に占領されました」
ゼリアは一度私の顔を見て、すぐに作業台へ視線を戻した。
「反乱軍はその活動の規模を大きくしています。速やかな対処が必要だと思いますが」
「対処するべきなのだろうが、余裕はない。今ですら、バルドザードの攻略に手間取っている。戦力は割けない」
この期に及んで、か……。
しかし、思っていたよりも理性的な答えが返ってきた。
やっぱりゲームで反乱軍を最優先にした理由はそういう事なのか。
これは最後の手段を使うしかないかな。
「そうですか」
それからしばらくゼリアの作業を見て、私はその場を離れようとした。
「さっき、お前が話していた相手は見覚えがある」
「そうでしょうね。元はパパの部下ですから」
「そういう事か」
ゼリアはそれ以上の詮索をしなかった。
諜報部である事を察したのだろう。
「お前は何を考えている? 何をしようとしているんだ?」
ゼリアはそう問いかける。
「私にはわからないんだ。お前が何をしたいのかも、お前の気持ちも……」
普段とは違う、覇気のない声色だった。
「陛下は今まで気持ちのままに行動し、望んだ結果を手に入れてきたのでしょう。でも、全てが同じ方法で解決できるわけではありません。心を殺さなければ得られない結果もあるのです」
突き放すように答えた。
ゼリアは何か言いたそうだったが、それを無視して私はその場を離れた。
ゼリアのヒミツ
夫と話をしていた女の顔は忘れない。




