七十二話 今後の展望
「おはようございます」
「うわ、びっくりした」
ベッドで素っ裸の自分を不思議がっていると、どこからか声がかけられた。
見ると、椅子に座ったミラが林檎を齧りながらこちらに目を向けていた。
「時間は?」
「朝と言える時間です。普段よりも遅いご起床ですが」
ベッドから下りてミラに近づく。
「まずは服を着てください」
「僕達の仲だ。何も恥ずかしがる必要は無い。それより、一口くれないか? 甘い物が食べたいんだ」
「食べ差しを渡すわけにはいきません」
「僕は構わないよ?」
言いながら、ミラの口元についていた林檎の果肉を親指で拭う。
「そういう所ですよ」
「何が?」
前もって用意していたらしい。
ミラは手付かずの林檎を私に渡した。
「昨日は大変でしたね?」
「何があったんだ?」
「……憶えていないのですか?」
「教えてくれ」
「……忘れていてください。その方がフォローもしやすいので」
「ふぅん。気にはなるが、信じよう。優秀な軍師様の言葉を」
……優秀?
自分で言っておいて何かひっかかる。
まぁ気のせいだろう。
ミラに任せておけば悪い結果にはならないはずだ。
「それで、何かあったのか?」
「そうですね。敗残兵の処理も治安の回復も順調。領内の村々は落ち着いています。強いて言えば、今後のこの領における税収について相談しようかと」
「ん? 取らないよ」
ミラの口元がへの字に曲がる。
怪訝な思いなのだろう。
「反乱軍は解放者であり、統治者じゃない。その線引きをする上でも、統治に類する事はしない。回復した治安を維持するぐらいかな」
「それでも、資金は必要です」
「ディナールの領の資財を回せ」
ディナールの税収等は、一定のラインを国に渡しているが裏金として貯蓄している分もある。
それを使えば、この領を税収なしで運営する事も可能だろう。
まぁ、切り詰める必要はあるだろうが。
「ずいぶんと領民を甘やかすのですね」
「ああ、存分に甘やかせ。農民にとっての楽園だ。そう喧伝し、人を集めろ。人材を増やし、各領地へ送る人間と反乱軍に加入させる人間を選り分けろ」
「かしこまりました」
ミラは無表情のまま了承した。
恐らく、人を得るにしてもコストが見合っていない。
真っ当に考えて意味の解らない判断だろうな。
私としては、ゲーム通りに話を進めたいという思惑で動いているが。
そのためにも国と敵対関係になる必要があるのだが、今の所向こうは完全無視だ。
流石に、領を取られたとなれば無視もできなくなると思うのだが。
ミラと話をしようと執務室へ向かっている時だった。
途中で、リューとばったり出会った。
「よ、よお」
手を上げて挨拶するリューの様子はどこかぎこちない。
「どこへ行くんだ?」
「ミラと話があるんだ」
「丁度よかった。俺もそうなんだ」
二人で執務室へ向かう事にする。
「なぁ、あの日の事、憶えてないのか?」
「あの日の事?」
よくわからず聞き返す。
「いや、憶えてないならいいんだ」
「?」
そうこうしている内に目的地へ着く。
部屋の中ではミラが資料を読んでいた。
「ちょっといいか?」
リューが声をかける。
「何か?」
ミラが会話をぶった切って問いかける。
「ああ。仕事の報告」
そう言って、反乱軍の人間の名前を語り、その仕事内容の成果を伝えてくる。
「わかりました。でも、どうしてあなたが報告に来たのですか? あなたに頼んだ仕事ではありませんが。最近、いつもそうですよね?」
「ミラはとっつき難いから代わりに報告してほしいって言われてんだよ。なんかいつも不機嫌だし」
ミラ、あんまり反乱軍に馴染んでいないのか?
「別に不機嫌な顔はしていませんが」
「親しみがないんだよ、お前」
「それは問題ですね。何か対策を考えないと……」
確かに、仲間の不和は問題だ。
特に指示を出す立場のミラがそれでは特に困る。
「もう少しフレンドリーに接するべきなんだろうけどなぁ」
「具体的には?」
「……ちょっと失敗した時とかに「はわわ」って困惑した仕草をする」
「軍師がその調子だとむしろ不安では?」
それはそう。
「それで、ロッティ様は何故?」
「そろそろ家に帰ろうかと思って」
リューが驚きの声を上げる。
「これからずっといるんじゃないのか?」
「やらなければならない事が多くてなぁ」
そうなのか、とリューは残念そうな声を出した。
「動きがありそうなのですか?」
「ああ」
「こちらで行うべき事はありますか?」
「グリアス達を使う」
「此度の事で我々は名が売れた事でしょう。接触があるかも知れません」
「その時の対処についてか。誘いには乗らない事。あとは突っぱねるなり、気を持たせてあしらうなり、好きにすればいい。……ああ、それとは別にバルドザードから接触があるかもしれない」
思いがけない事だったのか、ミラは口をへの字に歪めた。
「そういう動きの報告は受けていませんが。何故そう思うのです?」
「直感」
実際は、ゲームでそうだったからだ。
バルドザードは秘密裏に反乱軍を支援し、帝国の戦力を削っていた。
その結果、リュー達が予想外に削りすぎ、邪神復活に必要な負の感情を収集できなくなってしまったため、今度は自らの手でリュー達と戦わなくてはならなくなるというドジっ子ムーブをかましていた。
ゲームでは本来なら、今頃反乱軍は帝国に反抗する組織の急先鋒として、その戦力をいくつも降している頃だ。
しかし、相手にされていない現状があるので、バルドザードも反乱軍に見向きしていなかった。
それが、今回のシャパド占領によって名が知れる事となった。
バルドザードが目をつけてくる可能性は十分にある。
「それも断ればよろしいですね?」
「そっちは受けてくれていい」
「……わかりました」
そうなる事でようやくゲームと同じ展開に一歩近づくのだ。
……本当にようやくだ。
「じゃ、頼んだよ」
「お任せください」
今回の更新はここまでです。
続きはまた月末に。




