七十話 宴
わかり難い部分を修正いたしました。
七十話
それを目撃したのは偶然だった。
城門の前で、ヨシカ、スノウ、ウィンが話をしていた。
ウィンは旅支度を整えており、傍らには馬がいる。
ここから去るのだろう。
「すまなかったな。約束を違える形となってしまって」
「致し方が無い。時期を考えれば、手の施しようがなかったのだから。とはいえ、手を取るなどという事は考えられないが」
「すまない」
ヨシカは再度謝った。
「気に病まないでほしい。二人の事は残念だったが、私にはまだ家族がいる。これからはあの子らのそばで守ってやるつもりだ」
「何かあれば呼べ」
「ああ。あなたほど頼もしい方もいない」
ウィンはスノウの方を見る。
「お前は残るんだな」
「別に、家族の事を軽んじているわけじゃないぜ」
「疑ってはいない」
「何で残るか、わかってんだろ?」
「さもありなん」
「ガキ共の事、頼んだぜ」
「任せておけ」
ウィンは馬に跨り、馬首を返す。
「では」
「また会おう」
ウィンは馬を歩ませる。
その背が緩やかに遠ざかっていく。
二人はその背を長い間見送っていた。
「覗き見はよくないぞ」
後ろで隠れ見ていた私に、視線を向けないままヨシカは声をかける。
スノウも気付いていたのだろう。
ヨシカの言葉に驚きを見せない。
「失礼。気になったもので」
謝って、私は姿を現す。
「何か約束事があったようですね」
「知る必要のない事だ」
「そうですか」
反乱軍の全員が城に集った事で、私達はささやかな宴を開く事になった。
勝った祝いをしようぜ! とリューが声高に提案したのが発端である。
ミラと相談し、こういう所で士気高揚を図るのもいいかもしれない、という判断となりそれを許可した。
城の食堂は広く、反乱軍の面々が全員入れた。
ケイを始めとした料理のできる人員が集められ、大量の料理が生産され、ところ狭しと卓に並べられた。
反乱軍の面々は各地の農村出身者が多く、場所によって作る料理が違った。
山の近く、川の近く、草原の只中、という立地によって、主体も肉、魚、野菜と特色が違うようだ。
若干、野菜が多いように思える。
甘味の類は見られない。
酒は城の備蓄にあったものである。
年代物のワインなどもあったが、酒好きが遠慮なくガブ呑みしていた。
「呑んでますかぁ!」
その筆頭がリューに絡んでいた。
リアである。
彼女は食事にあまり手をつけず、酒ばかりを呑んでいた。
「いや、俺酒好きじゃねぇんだ。すっぱいは苦いはで正直旨いと思えない」
「それはまた、人生の半分を損していますね。きっとそれは旨い酒に出会えていないからでしょう! ここの酒は最高ですよ。騙されたと思って一口どうです? 喉が焼けますよ!」
「それは旨いもの呑んだ時の感想なのか?」
強い押しにリューが少しひく。
「嫌がってんだろ、無理強いすんな。ほら、散れ散れ、酔っ払い」
リューの隣にいたスノウがしっしっと手を払う仕草でリアを追い払う。
「ええっ、そんな! 共に酌み交わした杯が、明日の絆に繋がるのですよ!」
「リア殿、向こうで呑みましょう。お付き合い致しますので」
そう言って、ボラーがリアを引き離した。
「まぁ、高い酒ばかりで旨いのは確かなんだけどな。この惨状見たら、あいつは泣くな」
と、スノウは宴会で雑に消費されていく酒類を切ない表情で眺めた。
きっと「あいつ」というのは領主の事だろう。
「そういえば、あなたはどうして反乱軍に参加しようと思ったんですか?」
興味本位で問いかける。
ウィンはこの場を去った。
その原因が領主とリサの末路に起因している事は間違いない。
同じ境遇でありながら反乱軍に所属したスノウは何を思っているのだろうか。
「別にいいだろ。あたしの事情なんて」
スノウははぐらかす。
「おい、肉ばっかり食うな。野菜も食え」
「野菜も好きじゃねぇんだけど」
「あたしの料理よか美味いだろ」
「……それもそうだな」
「それで納得されるのも複雑だ」
案外、リューが気に入ったという単純な理由なのかもしれない。
二人の様子を見ているとそんな考えが浮かんだ。
「リュー。甘いものは好きでしたよね?」
「おう」
「ちょっと試してみてほしいものがあるんですけど」
そう言って、あらかじめ用意していた小ぶりな瓶を取り出す。
「それは?」
「私が作った酒です。ちょっと試してみてください」
「えぇ……」
「呑みやすいよう甘く作ったんです。酒嫌いのあなたが旨いと思えば、成功かと思いまして」
私の言葉にリューは悩む。
無理するな、とスノウは言っていたが、それでもリューは味見してみると答えた。
城にあったおしゃれなグラスに一口分、琥珀色の酒を注ぐ。
「なんかいい匂いだな」
「果実を漬けていますから」
そう言って、リューはくっと一口で酒を呑んだ。
「あ、本当だ。呑みやすい。っていうか旨ぇ! もう一杯くれ」
この様子なら。まぁ成功かな。
もう一度酒を注ぐ。
「そんなに旨いのか? 俺にもくれ」
「どうぞ」
グラスを差し出したジーナにも酒を提供する。
「旨いな。何杯でもいけそうだ」
「何の話ッスか?」
特大のピザを持って厨房から現れたケイも話に混ざる。
「シャルの作った酒、すげぇ旨ぇ」
「だいたいわかったッス。あたいも貰っていいッスか?」
「俺ももう一杯くれ」
「どうぞどうぞ」
ケイとおかわりを要求したリューに酒を提供する。
「旨いッスね! これどうやって作ったんスか?」
「梅を蜂蜜とワインで漬けただけだよ」
「梅って、あのすっぱいやつッスよね」
「梅干とはまた違います。生の果実はこういう風味を持っているんですよ」
「へぇ」
「生の梅は毒があるのでそのまま食べちゃダメですよ」
梅干なり、梅酒なり、加工が必要だ。
「旨い酒があると聞いて来ました! ください!」
リアが現れた。
「……まぁいいか」
リアにも酒を振舞う。
「すごく甘いですね! 呑みやすくて……でも……」
興味深そうにリアはグラスの酒を眺めた。
酒が好きな人間は気付くか。
「あー、すっげぇいい気分……」
「大丈夫か。なんか足元覚束ないぞ」
「大丈夫だってぇ、ひゃー」
スノウに心配されながら、リューはその場で尻餅を着いた。
それでも楽しそうに笑っている。
「一杯だけなのに、なんか、すごくふわっとするッスね」
「ああ。実はこの酒、かなり強いんだ」
液体が凍結すると、不純物の混ざった部分が先に溶ける。
その性質を利用して、アルコール度数を高めた酒でこの梅酒は作られている。
度数の高さを誤魔化して相手を酔わせる目的で開発したものだ。
用途は多岐に渡る。
主に、諜報部が使うだろう。
その実験として振舞ってみたが、結果は上々だ。
「俺も貰っていいか?」
ヨシカさんも入ってくる。
「梅酒だな。だが、ここまで濃いのは初めてだ。どうやって作る?」
「酒は濃縮し、蜂蜜で甘みを出してます」
「蜂蜜か。一般家庭では用意できんな。酒の濃縮もよくわからんし」
これだけのアルコール度数と甘みを持った梅酒は一般では作れないだろう。
味も悪くないようだし、贈答用としても良いかもれない。
「……回りが早い。おかしな気分だ。水浴びてくる」
ジーナが言って、その場を後にした。
「好きに呑んでください」
私も梅酒の入った瓶をテーブルに置き、食堂を離れる。
いつもより多めに食べたので少しお腹も苦しい。
どこかで休みたかった。
今回の事で蓄えていた脂肪がかなり減ってしまった。
脂肪を増やしたかったが、加減を間違えたらしい。
苦しさを感じる。
城の庭を散歩してから、また城内に戻る。
廊下に備え置かれていたベンチで、リューが一人座っていた。
「休憩?」
「俺はもっと呑みたかったけど、スノウに休んでろって言われた」
まだ酔っているのだろう。
雰囲気がふわっとしている。
ふと、彼女がぼんやり私を見上げている事に気付く。
私の顔をじーっと見つめている。
「どうしたの?」
「俺! 愛がわかった!」
「どうしたの!?」
「好き!」
強い気迫で言い放つと、リューは立ち上がった。
嫌な予感がするので一歩退くが、それに合わせてリューも迫る。
「多分、これが愛なんだよ!」
「ええっ!?」
自分よりも力の強い幼馴染に愛を語られながら迫られるのは怖い。
ちょっと震える。
どうしよう……。
退いた先で壁に背中が当たる。
しまったな、と思うのと同時に、胸をどしっと押される感覚があった。
リューが右手で壁ドンしていた。
私の胸を押しているのはリューの胸である。魔力を込めているらしく硬い。
強く壁との板ばさみにされ、身動きが取れない。
まずい。
これは逃げられない。




