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六十八話 朱星

 私には魔力がない。

 正確には、殆どないに等しい。

 つまり、皆無ではない。


 爪先ほどの狭い範囲を一瞬だけ強化できる程度の、あまりに乏しい魔力ではあるが確かに魔力はあるのだ。


 その一瞬を打撃に重ねる事で、魔力で強化された一撃を打つ事ができる。

 魔力で強化された相手に通用する、私唯一の打撃技だ。


 しかし、それでも足りない。


 指の先端を強化する事が精一杯である以上、筋力へ魔力を回す事などできない。

 打撃そのものは、魔力を使用しない肉体的な力で放つ必要があった。

 指という細く脆弱な部位をぶつけるのだ。

 そこを練り鍛える必要もあった。

 それも強化する範囲が最も小さく済む、小指を。


 その結果、魔力を用いない状態で木板を割り、レンガを砕けるまでになった。


 そうして完成した技は、クローディアの魔力強化を貫く事に成功した。

 しかしそれでもまだ足りない。


 普段の強化ならばいざ知らず、打撃を受ける際のかすかな防御動作。

 魔力のリソースを集中させ、頑強に固められた身体には通用しない。


 だから、そうさせない工夫が必要だった。


 打撃を防御させ、その隙を衝いて関節技を仕掛ける事で防御動作へのリスクを高める。

 防御動作を抑えられる相手に短剣の攻撃を用いて、さらに素手へ対する警戒心を薄れさせる。


 これらの行程はどちらもそのまま成功すれば決着のつくものだ。

 しかし、それが失敗したとしても条件が整う。

 二重の策となっていた。


 防御を疎かにさせ、打撃への警戒心を解かせ、そしてようやく放たれるのがこの技である。

 本来ならばありえない状況から、勝ち筋を強引に押し開く、これはそういう技だ。


 放てるのは一撃だけ。

 魔力の強化を抜けるとしても、肉体を貫通させるほどの威力は無い。

 だから相手を打倒しうるとすれば、それはうっすらと浮かぶ頚動脈、その上の肉を削ぎ取る事ぐらいだ。

 血管に沿い、なぞるように肉を弾き、広い範囲を削いで大量出血を強いる事だけだった。


 そうして姿を見せるのは、首に流れる一筋の朱い箒星。


 そうだな。

 朱星(あけぼし)とでも名づけておこうか。




 おびただしい出血に、左手で首の傷を押さえるリサ。

 それでも広く血管を傷つけた傷からは出血が止まらず、指の合間から懇々と血が溢れ続けていた。


 リサは強張った顔で私を睨み、一歩距離を取った。


「おや、これは大変だ。すぐに手当てをした方がいいと思うぞ?」


 語りかけながら短剣の一閃を見舞う。

 避けられたが、動きが悪い。

 切っ先がリサの手の甲を掠めた。


 少し強気に前へ出て、短剣を連続で振るう。


 防御に徹して避けようとするリサだが、避けきれずに身体のあちこちが短剣に傷つけられる。

 新たな傷口からさらに出血し、首の傷からも動くたびに血が噴き出す。


「調子に乗るな……っ!」


 怒声を上げて踏み込むリサ。

 伸ばされる手の平を切りつけつつ、私は距離を取った。


「あぶないなぁ」


 からかうように笑う私と対照的に、リサの顔からは血の気と余裕が失せていた。

 冷や汗をかき、目蓋が落ちそうになっている。


 血の消耗は、精神も消耗させる。


 失血は死へと直結する。

 血の損耗は、さながら身体にみなぎる力が抜けていくように錯覚させる。

 それが恐ろしさを産むのだ。


 そして、やがて驚くほど突然に意識が奪い取られる。

 このまま動き続ければ、彼女も気を失うだろう。


 もう終わりだな。

 この状態ならば、出血を待つまでもなく仕留められる。


 リサの胸目掛け、トドメの一撃を繰り出す。

 突き出された短剣の切っ先は、しかしリサへ届く事はなかった。


 鮮血が散る。

 その血の主は、シャパド領主だ。

 リサを庇うように割り込んだ彼の手が、短剣を受け止めていた。


 意表を衝かれた私の左頬に衝撃と痛みが走る。

 シャパド領主の拳に殴りつけられたのだ。


 短剣は領主の手に刺さったままで、殴り飛ばされた時に手放さざるをえなかった。


「座ってろ。あとは俺がやる」

「あなたが?」

「そのまま動き続けたら死ぬ。いいからじっとしてろ」


 領主はリサに言い置くと、私へさらに追撃してくる。

 手の平に刺さった短剣を抜き、それで攻撃してきた。


 何度か斬撃を避け、ハイキックで短剣の持ち手を蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされた短剣が遠くの壁に刺さった。


 そのまま身体を回すようにして後ろ回し蹴りを放つ。

 ガードされたが、しっかりと手ごたえがあった。


 魔力で強化されたものではない。

 肉の手ごたえだ。


 蹴りから体勢を整えようとする間に領主は接近する。

 大振りの右ストレート。

 身体をそらしてかわしつつ、左ストレートでカウンターを返す。


「ぐっ……」


 顔面を打ち据えると、領主は痛みでうめいた。

 魔力持ち相手と違って、打撃がしっかりと効いている。


 女性を相手とすれば、捕らえられれば敗北と同意である。

 よって、私は打撃に関して速さを優先している。

 続いて放たれた二連の突きは、防がれる事もなくたやすく領主の顔を打った。


 打撃がしっかりと効く。

 込めた力の分だけ、相手へダメージを与えられる。

 楽しい事だな。


 怯む相手の右手を取り、そのまま右の跳び膝蹴りを顎へ見舞う。

 左足を首へかけつつ、掴んだ右手を背面へ捻り上げ、首を両足で締め上げた。


 重心をあえて傾けると、私の重みに耐え切れず、領主は前のめりにその場で倒れた。


「う……ぐぐぅ……」


 領主は逃れようとするが無駄である。

 ここまで完璧に極まれば、逃げようがない。

 早々に、その意識は失われた。


 四肢の力がなくなり、弛緩する体。

 それを確認して、技を解く。

 意識を失った領主の腕を持ち、窓の方へ引き摺っていく。


 下を見ると、丁度城門があった。

 人々が押し寄せ、衛兵がそれを押し留めようとしているのが見える。


「どうするつもり?」


 リサが問いかけてくる。


「死体が見つかった方が、民衆の気も済むだろう。その方が、監理はしやすい」


 このまま領主は外へ投げ捨てる。

 落ちて死んでもいいし、生きたままでも外の人が殺すだろう。

 むしろ、自分で決着をつけられる分、気分はいいかもしれない。


「命がけで助ける覚悟があるなら、それ以上の事はしないが?」


 リサに振り返り、そう声をかけた。

 彼女が息を呑むのが見えた。


 領主の身体を窓の外へ押し出そうとする。

 その時だった。


「ああああああっ!」


 リサが叫びを上げた。

 こちらへ突っ込んでくる。


 私は窓の外へ領主を蹴落としつつ、リサに道を開けた。


 リサは落ちる領主の手を取ると、抱え上げ、そのまま窓の外へ落ちていった。

 散る鮮血を残しながら、彼女は領主と共に民衆の湖面へ沈んでいった。


 それを見届ける事なく、背を向けて窓枠にもたれかかる。


「ようやく、この件もこれで終わりかな」

 ロッティは毒手にして、右手だけ手袋をつけている感じにすれば格好いいかもしれないな(厨二脳)。

 と思っていたのですが、ネットで調べているとどうやら毒手そのものが実在しない可能性が高かったので出血を強いる技になりました。


 今回の更新はここまでになります。

 続きはまた月末に。

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