閑話 愛の力
領主の町。
リューは部隊を率いて、町の治安維持を行っていた。
具体的にどうすればいいのかわからなかったが、町で暴れる人間は農民町民問わず捕縛している。
目立っているのは、農民の方だ。
町民への暴力や簒奪が嫌でも目に付いた。
恨みが募っているのはわかるが、そうじゃないだろ。
リューはそう思いながら、暴動を鎮めようと悪戦苦闘していた。
そんな中、ばったりと出会う。
同じく部隊を率いて、治安維持を行うスノウに。
彼女は前の戦いでウィンが負けたのを確認すると、すぐにその場を去っていた。
領主の下へ戻り、反乱軍に備えていた所、暴動が起こった。
その鎮圧に出ていたのだ。
二人の目的は同じである。
しかし、味方ではなかった。
出会った以上、敵対する以外にない。
「タイミングの悪い事だな」
「でもいい機会だ。今が最後の戦いかもしれない。だったら、決着をつけたい」
言いながら、リューは戦斧を構える。
「そんな暇ないんだがな。いいだろう。付き合ってやる」
スノウも二本の短剣を両手に持って構えた。
お互い、率いる部隊の人間に任務継続の指示を出す。
そうして二人の戦いは始まった。
二人が戦うのはこれで三度目である。
すでに手の内は知り尽くしていた。
斧というものは、刃物に鈍器の重みを加えたものである。
性質上、技で斬るよりも力で叩き斬る事を用途とする。
まともに打ち合えば、スノウの持つ薄い短剣では一撃ともたないだろう。
よって、スノウは常にいなす形でリューの攻撃をあしらっていた。
渾身の一撃をすかす事で生じる隙を衝き、攻撃を加えるのだ。
しかし、リューもまたスノウのそんな戦い方を承知している。
今までの戦いで、彼女も学んだのだった。
力任せばかりだったリューの斬撃。
そこには確かな技巧が芽生え始めている。
柄を短く持っての細やかな斬撃。
石突を使っての刺突。
柄そのものをぶつける、もしくは肉体による打撃。
スノウの戦法へ適応する戦い方を行うようになっていた。
「この短い間に、よくもここまで強くなったな! お前には才能がある! きっと親がよかったんだろうな! 感謝しろよ!」
どこか嬉しそうに、笑みを交えてスノウは言い放つ。
「親? 知らん! 会った事も無ぇ!」
言葉を交わしながら、二人は攻防を続ける。
そんな中、スノウは間合いを取った。
「だが、まだまだだ。お前には足りないものがある」
「何?」
「そのままじゃ、あたしには勝てないという事だ」
「何が足りないっていうんだ?」
「気持ち、かな!」
スノウの蹴りを戦斧で防御し、後方へ飛ばされながらリューはその言葉を受ける。
「気持ち?」
「絶対に守りたい。何だってやってやりたい。そのためなら、いくらでも力が沸く。そんな気持ちだ。一言で言えば……」
スノウは一考し、頬をうっすらと赤く染めた。
「あ、愛かな?」
「え……」
「言わせんな、恥ずかしい!」
「えっ……」
思いがけない言葉にリューは言葉を失う。
「本気で言ってんのか?」
「うるせぇ! とにかく、お前はまだ知らないだろう。そんな気持ち。だから、あたしには勝てない。そう言ってるんだよ!」
「やってみなけりゃわからねぇだろうが!」
リューがスノウへ突撃する。
再び刃が交じり合う。
しかし、すぐに形勢はリューの不利に傾き始めた。
くっ、攻めきれねぇ。
俺の方が、攻撃力はあるのに……。
何でだ?
これが、愛の力ってやつなのか?
そんな事を考えている内に、リューはスノウに蹴り飛ばされて地面を転がった。
すぐに体勢を立て直す。
「現に勝てねぇだろうが」
リューは言い返す事ができなかった。
確かに、自分は愛を知らない。
どういうものかもわからない。
考えると心が温かくなって、力が沸いてくる気持ち。
……ふと、思い当たった。
脳裏に浮かんだのは、ロッティの事である。
出会ってから今まで、一緒に過ごしてきた思い出が過ぎる。
ああ、そういう事か。
俺はもう、愛を知ってる。
「そっか、これが愛なのか」
リューは戦斧を正眼に構えた。
「礼を言うぜ」
「何?」
「あんたに教えてもらったから、俺は強くなれる」
リューの身体から、目に見える形で魔力が迸る。
輪郭をなぞるように、赤い光が灯される。
そして、戦斧の諸刃が赤い魔力の刃へと変じた。
戦斧の能力は、使い手の感情を力に変えるというものである。
愛情のような強く激しい感情は、力とするのに十分なものであった。
リューから急激に放たれた力の奔流、気風を受けたスノウは息を呑んだ。
気圧され、思わず一歩後退していた。
「これが、愛ってやつなんだな。だったら、俺はこの愛のために戦う! お前と同じように!お前みたいに! 愛のため!!」
「連呼するな! 恥ずかしい!」
「行くぞ!」
「来い!」
「うおおおおおおっ! これが愛の力だぁぁぁぁぁ!」
リューは叫び、スノウへと跳びかかった。
リューの攻撃は、もはや人の技と言えなかった。
自然の猛威にも似た、純粋な力。
スノウにはそう思えた。
きっと、それは聖具の力があってこそだろう。
振るう武器の重さも、身のこなしの速さも、もはやスノウの及ぶべくものではなかった。
結果として彼女は、リューの目前で四肢を投げ出し倒れる事となっていた。
「余計な事、言っちまったな……」
そう呟く。
しかし、言わざるを得なかった。
何か、言葉を伝えたかったし、言葉を交わしたかった。
何故ならスノウにとってリューは……。
「多分俺は、ずっとそれを知っていたんだ。でも、それが何か知らなかったんだ。だから、教えてくれてありがとう。これで俺は、あいつを守ってやれると思う。いや、あいつだけじゃない。自分が守りたいと思える全部を」
「そうか」
悪態も出ない。
「あんたを殺したくない。だから、大人しく捕まってくれよ」
「わかったよ。あたしも死にたくないからな」
スノウが答えると、リューはホッとした表情で微笑んだ。
「しかし、山猿みたいなあんたにも好きな男がいるんだな」
「え、あいつ女だよ?」
「え……?」
強く困惑した表情でスノウはリューを見返した。




