六十七話 第三の牙
誤字報告ありがとうございます。
修正させていただきました。
伝令の報告によれば、マコトはウィンとスノウから襲撃を受けたそうだ。
マコト自身は怪我をしたが、戦いには勝ったらしい。
撃退したのは謎の人物であったが、風体からして恐らくヨシカだ。
マコトに姿を見せていない事を願おう。
正直に言えば助かった。
ウィンはその場で捕縛されたが、スノウは逃げたらしい。
勝利が二つ。
もはや趨勢は決したな。
どう行動したものか……。
一日だけ村で待機し、私は防衛の人員を何人か残して隊を移動させた。
向かうのは領城がある町。
今回の戦いの結果は、すでに各地へ報じられる事となるだろう。
もはや領主に、不満を持った民を抑える事はできない。
もう立て直す事はできないだろうが、早めに動いて機先は制する方がいいだろう。
行軍している途中、ミラの伝言を携えた伝令とリューが合流した。
「領主の統治が破綻したため、各地で領主の配下が略奪を行う可能性があります。それらを抑えるため、各地の制圧を開始します。シャル様はリューと共に領主を直接攻めてください」
攻められる心配はない、と彼女は判断したようだ。
実際そうなのだろう。
先行した私の判断はまちがっていなかったようだ。
様子見のために行軍速度を抑えていたが、この報せによって行軍速度を上げた。
そうして、領主の町へ辿り着く。
町は惨憺たる様相となっていた。
暴動である。
かつて訪れた時、町並みは美しいとまでは言わないまでも、秩序を感じさせる整ったものだった。
それが怒れる民衆の手によってか、もはや見る影もない。
怒声と罵声が飛び交い、農具を武器に警備の兵士に怒りをぶつける農民の姿があった。
町のあらゆる物は壊され、人は傷つけられ、悲鳴が上がっている。
町の様子を見れば、二次産業、三次産業に関していえば比較的裕福な暮らしをしていた事が伺える。
しかしそれも、形跡だけとなりつつある。
町は暴力に支配されていた。
今まで押し留められてきた、鬱憤の代償として。
圧政の末路である。
絶対的な権力を振るい、恐れを用いて行われる統治は、権力を維持できればこれ以上なく理想的な結果を統治者にもたらす。
しかし、維持できなければ驚くほど脆く崩れ去る。
それはこちらとして有利に働く事柄だが、このままでは統治を引き継ぐ立場としてやりにくい。
ある程度の秩序は回復しておく必要があるだろう。
「リュー、部隊を預けるから暴動を抑えて欲しい」
「おう。流石にやりすぎだからな。お前はどうするんだよ?」
「僕は領主と話がある」
「一人で大丈夫なのか?」
「まぁ、なんとかなるだろう」
もう、決着はついてる。
戦う必要もない。
なら、もう外野はいない方がいい。
「お前の言う事は信じるけど……。気をつけてな」
「ああ」
私は一人で領城へ向かった。
領城の正門前には、多くの人が殺到していた。
略奪の欲よりも、恨みを何より優先した者達だ。
そんな人々の対応に警備の兵士達は追われている。
門の前にある橋でどうにか押し留めているが、いつまで持つだろうか。
ここから入るのは無理だろう。
堀に沿って歩く。
兵と民の目から逃れ、堀の反対側にある壁を観察する。
良い感じに石壁の荒れた所を見つけた。
助走をつけて堀へ向かい跳ぶ。
無理かな? と少し思ったがぎりぎり対岸の壁へ手がついた。
少しだけずり落ちるが、どうにか石壁の隙間に指がひっかかる。
壁を登り、どうにか堀を越えた。
裏口を見つける。
警備の兵士が二人で守っていた。
少ないのは、正門前に人手が行っているからだろう。
二人の警備兵を絞め落として意識を奪った。
中へ入ってしまうと、人の姿はなかった。
警備の兵士も、使用人もいない。
無人の廊下を歩き、上階へ続く階段を登る。
ある一室で、私は領主を見つけた。
リサと二人、窓から外を見ている。
「お久しぶりですねぇ。領主様。それに、奥方様。お元気そうで何よりだ」
扉を開け、声をかけて入室すると領主を守るようにリサが立った。
睨む目には警戒の色が滲む。
「お二人の時間を邪魔して悪いんだが、急ぎで話したい事があるんだ」
「誰だ、貴様は?」
私を見て、領主は誰何する。
「これは失礼」
私は仮面を外して素顔を見せる。
「ロッティ殿下、だと?」
領主はかすかに驚きを見せる。
「何故、ここに?」
「実はこう見えて反乱軍の人間なんだ、僕は」
「馬鹿な……」
「素顔を見せた意味、あなたならわかるな?」
「貴様が反乱軍にいる事、俺が訴えても陛下は信じないだろうな。排斥し合えば、負けるのはこちらだ」
「流石。僕も同じ見解だ」
「逃げ場はないと言いたいのだろう? だが何故、このような事をした?」
何故、か……。
「復讐だよ」
「貴様の恨みを買った覚えはないがな」
「ああ、その通り。あなたは通過点だよ。標的は、もっと先にいる」
「バルドザードか」
領主の呟きに、肯定を示すでもなく私は続ける。
「思い出は素敵だよなぁ。僕にはパパとの優しい思い出がたくさんある。いつも僕を愛しんでくれた。忘れがたい思い出だ。それが僕を衝き動かすんだ。このままにしておいてはいけないと」
「そんなくだらない事で、俺の領を潰したのか」
「ああ。申し訳ないことだがな。そのくだらない事が、僕には大事だったんだぁ」
笑顔を向ける。
「さて、降伏するか? 逃げるなら、見逃すよ」
「それはないな。俺の人生に降伏はありえない。貴様も隠れて動いてるなら、誰にもここにいる事は知らせていないはずだ。ここで消してしまえば、何の証拠も残らない」
領主に目配せされ、リサが私の方に歩み寄ってくる。
「力を示したければ、勝利を重ねる事だ。それが如何に小さな勝利でも。そうして俺はここまで来た。これからもそうする」
「僕もまた、その小さな勝利の一つとするつもりなのかな?」
「ああ。ちっぽけだろう、お前は。王族としての立場がない今は特に」
私にとってリサは、これ以上ないほどの圧倒的な力だ。
テクニックの介在しない、無造作なフィジカルだけで、私など簡単に制する事ができる。
いい身体だ。
胸の大きさは言わずもがな、四肢に力を感じる。
魔力に頼らずとも、強さが練られている。
「予定外か? 余裕こいて姿を現したのが仇になったな」
「いや、想定内だ」
勝てるかどうかはわからない。
けれど、想定していた事はウソじゃない。
こういう相手に勝てるように、私は力を培ってきた。
もしかしたら、それを試してみたいという気持ちが私にはあったのかもしれないな。
私の持てる力、その集大成。
見せる時だ。
手が届くまで距離が狭まり、構えを取る。
一瞬の間を置いて、互いの手が伸ばされる。
リサから大振りのフックが放たれた。
その間に、二連の掌底をリサの顔へ当てる。
皮膚と肉で構成されているとは思えない、硬質な手ごたえが返ってきた。
当然怯みもなく、フックが振りぬかれる。
風切る音にヒヤリとした冷たさを覚えた。
これを受ければ死ぬ。
その事実が怖気を生む。
ダッキングで避けつつ、わき腹へ拳を当てた。
手ごたえは変わらない。
しかし、咄嗟の事でわき腹に力みが生じていた。
意識が打たれた左側へ向いている。
たとえ、魔力で全身を満たし、強化していたとしても……。
咄嗟の時には魔力の配給に偏りができてしまうものである。
たとえば防御の際にダメージを受ける部位に思わず力みが生まれてしまうのと同じだ。
腕で受ける時は腕の筋肉を締め、腹で受ける時は腹筋を締めるという具合である。
それは魔力にも言える。
防御する時には、受ける部位に魔力のリソースを割き、殊更に強化するのだ。
そして偏れば、他の守りが疎かとなる。
これは武芸に優れているものであればあるほど、咄嗟に取ってしまう行動でもある。
リサの右足を強かな足蹴で払う。
魔力の偏りを衝かれた事で、簡単に蹴り払う事ができた。
リサはバランスを崩す。
「何っ!」
転ばぬよう、無警戒に投げ出された左腕。
それを取り、首にも腕をかける。
左腕を巻き込んだフロントネックチョークの形へ持ち込んだ。
腕が首の肉に入……っていない……!
半ばまでは極まっている。
しかし、極まりきる前に首へ魔力を回して守っていた。
これでは締め落とせない。
フリーの右腕で掴まれそうになり、ネックチョークを解いて距離を取る。
「挑むには挑むなりの技があるわけだ」
リサは感心したように呟く。
語る口調には余裕がある。
「だけど、悲しいほどに力が無い。もっと力があれば、私に勝てただろうに」
「そうだねぇ。でも勝ち目がないなら、とうに逃げているさ」
リサのこめかみに血管が浮いた。
「吠えるね」
顔面を狙っての直突き。
力みを取り去った早い一撃が私の顔を狙って放たれる。
そんな速さに特化したものでも、私にとっては大ダメージだ。
そのきざみ突きを何度も繰り出してくる。
弾幕を張るように、ギリギリ当たる位置から、的確に連打を放ってきた。
接近を許さず、突き放す意図の戦法である。
明らかに、私の関節技を危険視しての行動だ。
この腕を取って技を極める事は、私の力量で可能な事ではない。
的確にこちらの武器を封じられた形だ。
しかし、攻略の手段がないわけではない。
どっしりと重心を下げた構えを見るに、蹴りを放つ意図は見られない。
上半身だけを攻め手に回し、倒れぬように足は踏ん張るというのが彼女の基本的な姿勢のようだ。
掴む事はできなくとも、攻撃を行うのが二つの腕である以上、穴は必ず生まれる。
避けて近づく事ならば私でもできた。
じりじりと後方へ追い詰められつつ、連打のパターンを測り、あるタイミングで前へ出る。
放たれた左ストレートの内側へ身を滑り込ませ、懐へもぐりこむ。
迎撃の右手が来る前に、ストレートで顎を撫でる。
当然のように効かない。
迎撃の右フックをスウェーバックで避ける。
効かないのは想定していたが。
それだけでなく、私の打撃に対して一切防御を見せなくなっている。
こちらの力量を見越し、あえて反射を抑えるようになっていた。
それなりに威力を乗せるように打ったし、それを思わせる予備動作も見せた。
だが反応がない。
これでは、反射を利用した体勢の崩しができない。
ならば……。
「小手先だけで勝てると思わない事だよ。君ぐらいの技を持つ人間、今までに戦ってこなかったと思うの? そんな相手だって、今まで何人もねじ伏せてきたんだ」
リサが煽ってくる。
答えず、私は彼女へ挑みかかる。
再び攻勢を掻い潜り、リサの顎を狙って左手を振り上げた。
それはアッパーではない。
本命は、逆手に握って隠すように持った短剣の一撃。
クローディアの魔力を込めたものだ。
「避けろ!」
領主の声に反応し、リサは迎撃を中断。
一歩退いて、顎をのけぞらせるように私の攻撃をかわした。
それでもかわしきれず、顎を短剣の切っ先が掠った。
リサはよろめくように後退する。
斬られた顎からは、流血が滴り落ちている。
「助かった」
「油断しすぎだ。気をつけろ」
リサと領主が言葉を交わす。
これも避けられたか。
今後は、警戒されるだろう。
この世界の一流戦士を相手に、私が取れる手段は端的な話、だまし討ち以外にありえない。
油断を誘い、そこに思いがけない手を打つ。
関節技も、短剣も、私にとって必殺の一撃はどちらも防がれた。
私が持つ手段を見極められ、今後は警戒されるだろう。
しかし、手段を見極められるからこそ、生まれる隙もある。
打撃を無視すれば関節技はかけられない。
警戒するべきは左手の短剣だけ。
これからの戦いは、如何に短剣を当てるか、もしくは短剣を囮に関節技を仕掛けるか、という戦いになるだろう。
と、相手は思っている……。
左手を前に、短剣の切っ先を向け、半身に構える。
蛇のように刃をくゆらせ、警戒させる。
そして、一歩踏み出し……。
半身を右側へスイッチした。
次の瞬間――
「なん、だと……」
リサの首に、朱い星が流れた。
今日はここまで。
続きは明日の更新になります。
領主の館と書いてしまいましたが、正しくは城でした。




