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閑話 剣の勝敗

今回の更新は今日と明日の二回にわけさせていただきます。

閑話


 村に着いたウィンは、驚くほど速やかに攻め上がり、マコトの前へ立っていた。

 制圧を部下の兵士に任せ、彼女はマコトとの戦いに望む。


 村の攻略にはスノウも参加している。

 しかし、ウィンはマコトとの一騎打ちに拘った。


 ウィンには憧れがある。

 マコトの義母であるヨシカ。

 彼女への義理立てから、マコトを殺さぬよう努めた。


 今の彼女は、その義理を捨てている。

 憧れよりも家族を取ったからだ。


 よって、マコトはここで殺す。

 それでも、捨てられない矜持はあった。

 せめて、武人としての決着をつけようと考えた。


 マコトは意図を察した。

 ウィンとの対峙に、剣を構えて応える。


 マコトとしても、それは望むところである。


 完膚なきまでの敗戦を喫した前回。

 あまりにも口惜しい結果。

 その激情を紛らわすよう、鍛錬に励んできた。


 屈辱の辛酸を思い、ウィンを思い、剣を振った。

 彼女を斬る事、その一心で研鑽を積んだ。

 怪我が治り、それまでの怠りを払拭するべく、苛烈な修練を重ねたのだ。


 しかし次第にそれは、間違いであると気付いた。


 彼女は目標ではない。

 彼女を倒すためだけに剣を振っているのではない。


 ウィンを思う剣は、次第にその像を変えていった。


 思い描くのは、自分の知る中で最強の剣士。

 ヨシカ。


 ウィンを斬るための鍛錬は、ヨシカを超えるための鍛錬に変わっていった。

 同時に、マコトの胸にわだかまる因縁は消えた。


 ウィンを前に、マコトは平静を保っていた。

 因縁を持つ相手ではなく、ただ倒さなければならない敵として、マコトは挑む。


 マコトは大剣(スルト)を上段に振り上げた。

 ウィンも剣を抜き、渾身の横薙ぎを放つために力を込める。


 互いに、一歩踏み出せば剣の届く距離。

 選ぶ手段は一つ。


 マコトの上段斬りとウィンの横薙ぎ。

 どちらが勝るかという単純な力量の勝負である。

 駆け引きはない。


 大きく息を吸い……。


「きええええぇっ!」


 マコトは叫ぶ。

 その気合を乗せた剣が、ウィンの頭蓋へ迫る。


 対して、迎撃の横薙ぎが放たれた。


 二人の剣が交差し、ぶつかり合い、一瞬の十字を作る。

 火花が散り、剣が振り抜かれる。


「見事だ」


 ウィンが賞賛の言葉をかけた。

 彼女は身を捩り、マコトの上段斬りをかわしていた。


 避けるつもりは無かった。

 返し技だけで、斬撃はかわすつもりだった。

 マコトの一撃はそれを許さなかった。


 避けざるを得なかった。

 それは自分の技の敗北を意味する。

 しかし、戦の勝敗は別である。


 返す刀でマコトの胸に二撃、十字の傷が刻まれる。

 激しい出血が迸る。


「ぐっ……」


 倒れそうになる体。

 マコトは剣を地面に突きたて、身体を支える。


 血は止まらない。

 意識が、少しずつ磨耗していくのがわかる。

 それでも相手を睨み上げる。


 その先で、ウィンは剣を振り上げていた。


「悪いが、今回は殺す」


 ウィンの剣が、振り下ろされそうになった時……。


 そこへ割り込む人物の姿があった。


 斬り込みと共にマコトとウィンの間に入り込み、ウィンはそれに対して過剰なまでに退いて距離を取る。


 そうせざるを得ない気を相手は放っていた。

 相手の手が届く範囲にいれば殺される。そう思わせるだけの気。

 言わば、殺気と呼べるものである。


 ウィンはそれに気圧されたのだ。

 口惜しさを覚える。

 しかし、相手を見てそれも仕方がないと思えた。


 その人物は、ヨシカであった。


「あんた、は……?」


 マコトはその背を見て誰何するが、それは適わなかった。

 意識を失い、うつ伏せに倒れる。


 その背を見下ろし、ヨシカはウィンに向き直る。

 構えを取った。

 八相である。


「手当てをせねばならん。早々に終わらせるぞ」


 そう告げ、ヨシカは気を放つ。

 さきほどのものとは違う。

 重圧こそ同じであるが、それとは別種のもの。


 剣気と呼べばいいのだろうか。

 戦いに赴く者のそれである。


 それを受け、ウィンは自分がかすかに震えている事に気付く。

 恐れか、武者震いか、どちらであれ邪魔なものだ。

 ウィンは気合を込め、ヨシカの放つ気を打ち消す。


 突如として飛来する矢。

 ヨシカを狙い撃ち込まれたのは、援護のために後方で様子を見ていたスノウのものだ。

 しかしヨシカはそれを意に介さぬ様子で容易く叩き落した。


 ウィンはスノウがいる方向に向けて、止めるよう手の平を向ける。


「何考えてるんだ、あいつ」


 その様子を見たスノウは、呆れた声を出す。


 ウィンの目前にある、構えたヨシカの姿。

 マコトが見せたものと動作は同じ、完成した形も同じ。

 しかし、それでも純度が違った。


 付け入るべき隙が見当たらない。

 どう攻めても返される。

 そう思わせるだけの所作である。


 怖気はある。

 本能的なものだ。

 野生動物ですら、この場所では死を感じる事だろう。


 構えを取ったヨシカの懐へ、踏み込める者はこの世にどれだけいるだろうか?


 それでもウィンは、剣を構えた。

 この時のため、この相手のため、磨いてきた技がある。


 試しもした。

 あとは、実際に挑むだけ。


 ヨシカが動く。

 前へ出て、剣を振り下ろす。

 単純な、あまりにも単純な動作。


 だからこそ速く、そして鋭い一撃である。


 ウィンは限界まで引き絞った己の肉体から放たれる、最高の一撃で以ってそれを迎撃した。


 ぶつかり合う剣と剣。

 勝ったのは、ウィンの剣である。

 ヨシカの剣はぶつかり合いに負け、根元近くからぽっきりと折れていた。


 勝敗を分けたのは、得物の質である。

 ウィンの剣は、この時を想定して作られていた。

 鉈を引き伸ばしたような太い刀身である。


 それのみならず、身体以上に魔力を得物へ回し、強化を図っていた。


 ウィンは、勝利を確信する。


「はあっ!」


 その時である。

 ヨシカは気合を込めた短い叫びを発する。


 同時に、ウィンの肩へ鈍い痛みが走った。

 剣を折られようと、ヨシカは動作を中断しなかった。

 折れた刀身が、鍔が、ウィンの肩へめり込んでいた。


 鎖骨を砕き、肩の肉を潰す。

 剣の打点を瞬時に変えれば、無理な動作から威力は落ちるものである。

 しかし、ヨシカの一撃には致命となるだけのものがあった。

 長年、研鑽を積んだ技があればこそできる芸当である。


 ウィンは激痛に屈し、膝を折る。


 潰されたのは利き腕の肩。

 もはや万全に剣を振るう事などできない。

 ましてヨシカが相手では、なす(すべ)もないだろう。


「……本気の剣を受けて生きていたのはお前が初めてだ」


 ヨシカはそう告げる。


 それを聞き、言葉が心に届く。

 その瞬間、ウィンの目から涙が零れた。


 報われた気分だった。

 今まで培ってきたもの。

 努力が認められた。


 望外の喜びから涙が出た。

 それでも、彼女は再び立ち上がろうとする。


「ここで潰えさせるな」

「家族がいる。かけがえの無い、家族が」

「安否は約束する。この身に代えても。だから、縛に着け」


 その言葉に、逆らう事はできなかった。

 ヨシカが言うのならば確かだろう。

 組織内の判断とは違っても、彼女はその言葉を貫こうとするだろう。


 ヨシカとはそういう女だ。


 安心を覚えたのだろう。

 ウィンの身体はもう、立ち上がる力を無くしていた。


 その場で座り込んだ。


「私の負けだ。この身を預けよう」

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