六十六話 現状打破
村の外。
人目につかない林の木陰で、私はヨシカと話をしていた。
マコトに見つかるとまずいので、彼女には裏方として動き回ってもらっている。
「リーディアが何人かこちらへ送り込んできているそうだ。商人の中に何人か見ない顔があるらしい。言葉遣いや扱う品からして間違いないのだと」
「具体的に行動を起こし始めたか。困るな。しかし、妨害して警戒させるのも困る。タイミングも合わなくなるか……」
一度、ここを離れて王都へ向かうべきかもしれない。
「監視だけは続けて手は出さないよう伝えてください」
「わかった」
「用件を伝え終わったら、自由にしてください。定期的に誰かと渡りをつけてくれるならどこで何をしていてくれてもかまいません」
「こちらの戦力に組み込まれるかと思ったが」
「マコトの反発を避けたいんです。あなたと接触させたくありません」
「理解した。だが、いつまで隠し通すつもりだ?」
「今の自分として信頼を稼いでから、でしょうか」
「信頼というものは、そう単純な話ではないと思うがな」
「感情が加減で量れないという事も理解しているつもりです」
答えると、ヨシカは「手並みを拝見させてもらう」と答えて私のそばからそっと離れた。
私も村の方へ戻る。
「先ほどの方は?」
進行方向の木陰から、リアが姿を現して問いかけてくる。
「盗み見とは趣味が悪い」
「仲間への隠し事も褒められた事ではありません」
「信頼を裏切るつもりはありませんよ。信じられないなら、好きなように調べればいいでしょう。あなたなら、それも容易いはずです」
「わかりました。信じましょう」
そう言い残して、リアは姿を消した。
私はミラの所へ向かう。
彼女は今後の方針について話し合うためにこの村へ訪れていた。
家屋の一つに入ると、テーブル上の地図を前にしたミラが待っている。
地図には、村の場所と互いの勢力が記されていた。
「これからも民の安全を優先し、防戦を続けるつもりですか?」
ミラは私にそう問いかけた。
「そのつもりだが?」
「となれば、戦力の分散は否めませんね」
ミラは返して、額をこつこつと叩いた。
前の戦いから、反乱軍に賛同する村が増えている。
それをけん制するためか、領主は村を見せしめとして一つ滅ぼした。
結果として、こちらにつく村は増えたのだが……。
増えた分、領主側の陣地と接する土地が増え、防衛のため戦力を薄く延ばして配置する必要が出てきた。
具体的に言えば、主戦力を各地に一人ずつ配置しなければならない。
例外は私と病み上がりのジーナぐらいだ。
しかも、領主軍は意図的に反乱軍に着く村を操作した形跡がある。
軍を置いて圧力をかける事で、こちらに着きたくても着けない村を作ったのだ。
結果として、反乱軍にとってかなりやりにくい形で陣が広がってしまった。
もはや民意は反乱軍に大きく偏っていて追い詰められているのは領主側だが、主導権は向こうの方が強い。
「村を守りつつ、領主を打倒する方法……。戦力的に攻められるだけの手勢は確保できていない。安全にいくならば機を待つしかありませんか……」
「機は来るのか?」
「領主はこの状況をあえて作り出したのです。なら、その先も見据えているはず。戦力の分散を図るという事は、各個撃破を目論んでいるに違いありません。あとはどれだけ迅速に標的を定めるか……。その定められた標的をこちらが素早く察知し、対処できれば反撃できるかもしれません」
なるほど。
「戦力の分散ではなく、戦力を偏らせた場合はどうなると思う?」
「こちらの将を二人一組で配置するという事ですね? 将のいない場所を攻められます。本来ならば、あえて取らせたい場所を手薄にする所です。そうすれば守りやすくなる」
「つまり、場所を選べば守りを手薄にしても攻められない地点があるという事だな?」
「そうなのですが……」
ミラは歯切れ悪く返した。
「今の領主が勝利を欲しているのも事実です。形骸とはいえ、勝利を優先して攻める可能性もある。場合によっては、人心が乱される可能性もあります」
「なんだ。嫌味ったらしく言ったわりに、防戦以外にありえないんじゃないか。で、領主が狙うとしたらどこだと思う?」
「単純に組しやすい相手を選ぶでしょう。この場合は一度勝っているマコトかジーナになると思います」
「ならマコトだな。それでどう対処する?」
「マコトが相手に勝れば一番ですが、そうはいかないでしょう」
遊ばせているヨシカを呼び戻したい所だが、よりによってマコトの所では行かせられない。
仕方ない。
「少し不安だが、こちらから攻めるか」
地図上にある一つの地点へ指を差す。
領主軍が駐屯している場所だ。
わざわざ駐屯させているという事は、この村が反乱軍に着く事を恐れているからだ。
領主軍がマコトを攻める前に落とせれば、援軍を向かわせられる。
「ここを取れれば人の配置にも余裕ができます。ですが、攻められる人員はいませんよ」
「大丈夫。僕が行くよ」
私が行くという話になって、ミラは不安そうだった。
当然だろう。
それでも止める事はなかった。
きっと信頼してくれたのだろう。
私は二十人の人員を率いて、目的の村へ向かった。
村の様子を偵察すると、三十人程度の兵士が詰めているようだった。
地形についても把握しておく。
兵士の質に関しては、私でもまだ対処できるレベルだ。
数の差はあるが、なんとかなるだろう。
平地で当たるともろに兵力差の戦いになるから、村の中で戦うべきだ。
が、ここに配置された兵士は真面目なようだ。
監視の兵士が村の四方を常時見張っている。
人の途切れる暇もない。
この大人数でこっそりと潜入などできないし、少しずつ送り込むほど時間はない。
今回は領主が動く前に事を成しておきたいからだ。
「こちらは数で負けている。恐らく村へ入るまでに敵は出てくるだろうが、戦闘よりも村の中へ入る事を優先する。村に入ったら隘路を利用して撃破する。じゃあ、しっかりとついてくるように」
仲間達が返事をする。
私を先頭に、一気に村へ駆け出した。
村から領主軍の兵士達が飛び出してくる。
すぐに動けたであろう五人程度の兵士だ。
村の前で陣を組み、防御を固めている。
あの数なら、簡単に潰せる。
「突撃! 殲滅する!」
私はハンマーによる打撃と素手による投げを駆使し、相手を倒す事に徹した。
ダメージを与えられない私が戦いで貢献するには、相手の体勢を崩す事ぐらいだ。
ダメージ源は他に任せる。
部隊のそれぞれの人員も役割を持っていて、それに徹している。
一人を相手に複数で当たり、体勢を崩す者がさすまたで攻撃し、トドメを担う者が隙を衝いて無力化する。
方法はいくつかのパターンを持ち、状況によって取る方法を変えるよう訓練した。
戦いに才能を持たない人間でも戦えるようにするため、極力単純に、そしてマニュアル化された戦い方だ。
防衛の兵士達を全て制圧する頃には、別の兵士達が駆けつけていた。
気付いた者が順次駆けつけているらしく、人数はまばらである。
全員を一気に相手とするよりもその方がやりやすい。
かくして各個撃破の形となり、私達は村を制圧した。
「状況終了だ」
戦闘の終了を確認し、各員に告げる。
緊張が抜けていくのを感じる。
「村長が会いたいと申し出ています」
仲間から報告があり、会う旨を伝える。
「この度は、村を開放していただきありがとうございます。我々共も反乱軍に味方したいと思っていたのですが、領主軍が駐留しておりそれも適いませんでした」
へりくだるような態度で村長は言葉を連ねた。
卑屈そうな愛想笑いも相まって、言い訳じみて聞こえる。
多分、領主軍に占領されても同じような態度なのだろうな。
そういう日和見の性格を見抜かれ、領主も兵士の駐留で釘を刺していたのかもしれない。
まぁ、村を守るという点では正解なのだろう。
村長としては優秀だ。
さて、ここを取れたなら防衛に当たる配置に余裕が出てくる。
防衛に徹していても、時間はこちらの有利に働くだろう。
その間に、一度王都へ戻っておこうか。
そのような事を考えている時だった。
「マコトさんの護っていた村が襲撃されたそうです」
そんな報せが私の元へ届いた。
今回の更新はここまでになります。
次はまた月末に更新させていただきます。




