六十四話 ウィンとの戦い
指揮官は二人いた。
最低でも二人だ。
もう一人も来ているかもしれない。
私の目の前にいる相手、ウィンはジーナとマコトを完封した相手である。
聞いた所によると、スノウのように魔力の属性変化は使わなかった。
ただ、使えないのではなく使わなかったとも考えられる。
浮遊能力を持っている可能性も捨てられない。
少なくとも、技量に秀でた人物である事は確かである。
そんな相手を前に、私は逃げ出した。
まともに勝てるわけがない。
家屋を飛び出す。
「待て」
呼び止める声を背に、私は建物と建物間の路地へ入り込む。
人一人が通れる程度の路地である。
角を曲がる時に後ろを見ると、しっかり追いかけてきていた。
路地が途切れ、広場に出る。
そこで足を留めた。
「来るぞ」
私はそう声を発して、こちらへ駆けてくるウィンへ振り返った。
一歩後退して距離を取る私を追い、ウィンが広場へ足を踏み入れる。
それと同時に、路地を抜けた左右から反乱軍の仲間達が槍を突き出した。
「!」
槍はさすまた状になっていて、避けるウィンの衣服を何箇所か破り取った。
それでも直撃は避けられている。
だが、避けるという事はあまり防御力に自信がないのかもしれない。
反撃に振るったウィンの剣が、仲間の首を狙う。
それを防ぐべく、私はウィンに体当たりした。
そのまま剣を持つ手を取ろうとする。
が、それに気付いたのか剣の柄で反撃された。
肩口に抉りこませようとする一撃。
受ければ骨も肉もつぶれるだろう。
距離を取って避ける。
追撃しようと前に出るウィンの足へ、仲間達が槍を突きこむ。
ウィンは背後の路地へ逃げるように避けたが、それでも全てを避ける事はできなかった。
さすまたの刺に擦られ、足の一部を負傷する。
「弓!」
待機していた弓兵部隊に指示を出す。
狙いはもちろん、路地に追い込まれたウィンだ。
左右に壁、前には反乱軍、背後の道は大通りに通じているが遠い。
逃げ場はなかった。
弓の一斉射撃がウィンを襲う。
ウィンは狭い路地の中で、飛び跳ね、剣で弾き、避けられない矢を腕に受けながら、器用に致命傷を避けた。
反乱軍の人員でも、矢が通るとわかったのは収穫だ。
第二射を準備するこちらに、ウィンは険しい視線をこちらへ向ける。
そんな中、遠くで怒号が聞こえる。
村を囲う丸太の壁を突破されたようだ。
ほかの場所で敵兵士と仲間達が戦いを始めたのだろう。
ウィンは舌打ちし、路地の奥へ向けて走り出した。
奇襲は失敗。
今度は指揮官として手勢によって押し潰す算段だろう。
ここで待ち伏せるか、移動して迎撃するか……。
今の手勢だけでは無理だな。
「やった! 勝った!」
「私達でもやれるんだ!」
仲間達がはしゃいだ声を上げる。
いい経験になったようだ。
「他の所を見てくる。引き続きここで迎撃を」
「了解!」
「持ちこたえられそうになかったら後退。次のプランは軍師殿に用意してもらっているだろう?」
「はい!」
他の場所を見て周ったが、反乱軍はそれなりに上手く戦えているようだった。
地形を駆使し、罠を駆使し、兵器を駆使し、一方的に攻撃できる状況を作り出して対抗している。
ミラの戦法がうまくはまっている様子だった。
私は今まで、ママや姉妹達を基準にしてきた。
彼女達を相手にすれば、私は何をした所で無力だ。
反乱軍の仲間達だって、私の家族を相手にすればかすり傷一つつけられないだろう。
だが、他はそうじゃない。
私は上澄みばかりと接していたせいで、少しだけ思い違いをしていたんだろう。
武器や戦術を吟味すれば、戦いようはある。
幸いにして、相手の力量は身体的特徴に現れている。
それを目安にすれば、今後の力量判断に役立てられるだろう。
領主の妻達に関して言えば、ウィンは微巨、スノウは巨、リサは爆という具合だ。
私の家族に比べればまだ常識的……。
常識……。
常識ってなんだっけ……?
今はこんな事を考えている場合じゃない。
頭を切り替えろ。
死ぬぞ。
仲間の様子を見回りながら、厳しそうな所で援護と指揮を行う。
戦況が安定し、相手が撤退したのでその場の戦力を分割、他の地点で挟撃を仕掛けた。
それが上手くいき、敵兵の殲滅が適ったので私は別の地点へ移動する。
路地を縫うように走っていた。
そんな時だった。
屋根の上からウィンが飛び降りてきた。
避けられないと判断し、ナイフを抜く。
飛び降りながらの上段斬りを凌ぐ事ができた。
「断てないだと……? その短剣……。なるほど、大した魔力の持ち主が仲間にいるようだな」
そう告げ、ウィンは構えを取る。
「だが、お前自身は未熟だ。この窮地どうする?」
ウィンの言う通りだ。
まともにやりあえば勝てないだろう。
抜いてしまった以上、ナイフの魔力も時間経過によって失せてしまう。
けれど、私は仮面の下で笑みを作る。
「その大した魔力の持ち主が助けてくれる」
「何?」
怪訝な表情になるウィン。
が、すぐに何かを察して背後を振り返った。
振り向きざまに剣を振るう。
金属同士がぶつかる剣撃の音。
散る火花。
剣が叩いたのは一本の弓矢だった。
そう、叩きつけただけで切れなかった。
叩かれた矢は軌道をそらされこそしたが、ウィンのわき腹を掠めた。
その後、私に近い壁に刺さった。
危ない。
掠めたウィンのわき腹、その場所の布地は切れ、血が滲み始めていた。
ウィンを挟むように立つのは、クローディアである。
人手不足を解消するため、私は他の戦力をこの地へ呼び寄せた。
クローディアとヨシカとボラーだ。
彼女達をそれぞれの拠点へと向かわせていた。
その援軍が今、ここに現れたわけだ。
クローディアは新たな矢をつがえ、ウィンを狙う。
手にする弓は狙撃用の長弓だ。
至近距離の相手を狙うには扱いづらく、威力が高すぎるものである。
「……見た顔だ。猟犬……クローディア!」
ウィンは私の方へ迫る。
両手で握った剣が、私の首を狙う。
横薙ぎの斬撃を潜るように前へ出た。
左手へ手を伸ばしつつ、それを囮に無防備な足へさりげなく手を伸ばす。
「!」
膝裏を掴み、引く。
左足を浮かせ、片足立ちになった体へ強く体当たりをする。
浮遊の能力はなさそうだ。
そのまま押し倒そうとするが、ウィンは路地の壁を蹴って強引に私ごと体勢を崩した。
二人、もつれ合うように倒れ、そのどさくさにウィンは剣を振り上げた。
その手の甲に、弓矢が刺さる。
ウィンは剣を取り落とした。
「ぐあっ」
悲鳴を上げ、ウィンは私から離れる。
「この場は、屈辱は受け入れてやる」
ウィンは言葉を捨て置くと、路地の奥へ逃げていく。
その背を狙ってクローディアは矢を放つが、途中で拾った剣でそれを凌いでウィンは逃げ果せた。
路地には私とクローディアだけが残される。
「助かった。ありがとう」
クローディアは言葉を返さずに小さく頷いた。
戦いの喧騒が止まぬ中、私はクローディアに背を向けて歩き出す。
クローディアがそれに続く。
兵士同士の戦いで不利、指揮者の暗殺に失敗した。
領主軍としてはもはや敗戦だろう。
これからどうするべきか。
撤退も時間の問題だと思うが、あと一手ダメ押ししてもいい。
リューがスノウを撃退してくれれば成るが、はたして一人で勝てるのか?
援軍を向かわせたい所だが、クローディアを向かわせるとウィンが再び襲撃した時に対処する自信がない。
地形に恵まれれば仲間と共に力を合わせて対処できるが、それも確実と言いがたい。
そんな事を考えていると、路地の出口にひょっこりとリアが顔を覗かせた。
クローディアが警戒して前へ出る。
私の姿を確認すると、リアは笑顔を作った。
「シャル殿! ご無事でしたか! おお、それは紛う事なきイザナギ! 聖具に選ばれし勇者がまた一人!」
クローディアの面頬を見て、気色を増したリアは声を上げる。
「丁度よかった。リア殿、私の護衛をお願いしたい」
「ドンッとお任せください! 必ずや護りきって見せましょうとも!」
クローディアに向く。
「リューの援護に向かってほしい。あの丘でスノウと戦っているはずだ」
クローディアは頷き、了承の意を示す。
すぐに走り出して、丘へ向かう。
「これからどうしましょうか?」
「仲間達の援護をします」
それから私達は仲間の援護に村中を走り回り、やがて敵の兵士達が撤退を開始した。
こうして、私達は初の防衛戦で勝利を収めたのである。
今回の更新分はここまでになります。
次は月末に更新させていただきます。




