六十三話 農村防衛戦
サ終したコンテンツのアニメを観るのは切ない。
今回の発端になった農村は、拠点群の南に位置している。
そこに私とリューは滞在していた。
他の面々は別の村々へ散っている。
今の所、領主からの襲撃はない。
その日は、村々を巡っているリアが私の担当する村へ訪れていた。
彼女はこうして小まめに村々を巡り、警備と伝令の役割を担っている。
「他の村も襲撃される様子がないわけですね」
村の往来を移動しながら、私はリアに問いかける。
「はい。監視はされているようですけれどね」
「放置はありえないと思うけれど……。えらく慎重ですね」
「慎重になっているのはこちらも同じ。好戦的になる事も考え物ですが、動けなくなる事もよろしくありません。ルージュ殿に提言なさるべきでは?」
「あなたがすればよろしいでしょう?」
「ルージュ殿は私の言葉には耳を傾けませんゆえ」
そうだよなぁ、と私の隣にいたリューが同意する。
「あいつ、本当にこっちの言う事聞いてくれないんだよ」
君も聞かない方だと思うんだけどな。
「とはいえ、こちらが領土を拡大するという事は、他の村々を占領していくという行為です。けれど、暴力的に村を占領するわけにはいきません。あくまでも私達は、民のために戦っているという立場ですから」
「それはごもっともです。しかし、いつまでもこのままというわけにはいきませんでしょう」
個人的な考えではあるが、多分そうはならない。
監督官に任せていた区画一帯が反旗を翻したのだ。
その分の収益は当然減る事になる。
シャパド領主は国で一番の収益を上げる人物だ。
そんな自分に誇りを持っているかは知らないが、もし持っているのならばこの件で国への納税が減る事を許さないだろう。
その場合、損失分のしわ寄せが向かうのは他の農村だ。
もう既に、統治を行う上での苦楽のバランスは崩れ始めている。
手立てを考えずに置いて、不利になっていくのは領主側だ。
拠点を維持するというだけで、領主には痛手になるのだ。
「事態は動きます。それまでは、民を護る事だけを考えてください。好きでしょう? そういうのは。存分に正義の味方を楽しんでください」
「確かに大好きです。わかりました。遂行しましょうとも正義の――」
何かが、視界の端を横切った気がした。
それを追うように視線を動かすと、リアが仰向けに倒れる姿が目に入る。
どさりと音を立ててリアは倒れ、その喉には一本の弓矢が突き刺さっていた。
「か、あ……」
あえぐ彼女の喉からは、滾々と血が溢れ、流れ出ていく。
そこに、さらなる追撃があった。
赤い光線が、喉を寸分たがわず射抜く。
「リア!」
リューが声を上げる。
光線、狙撃……スノウ。
前の戦いで見た技を思い出し、状況を判断する。
遠望すると、村の外に小高い丘が見える。
狙撃できるのはあそこぐらいだ。
最大戦力を潰す機会をうかがっていたか。
光線が連発できないなら、猶予はある。
それまでに接敵しなければ……。
そんな事を考えていると、視線を向けていた丘の裏から無数の何かが空へ昇っていくのが見えた。
空の青を霞ませ、孤を描きつつ飛来するそれは……。
「矢か! 敵襲! 総員、職務中止! 建物の中へ一時避難!」
叫びながら私も建物へ避難しようと移動する。
建物へ入る間際……。
「危ねぇ!」
リューが私の顔の横へ、戦斧をかざした。
がんっ、と鈍い音が響き、地面に矢が落ちた。
「これはスノウだ。なんとなくわかる」
光線の狙撃をしつつ、その再使用の時間を弓での狙撃で補う。
理に適ってるな。
元々、弓兵なんだろう。
「ありがとう」
礼を言って、今度こそ建物へ避難する。
リューもそれに続いて同じ建物に入ってきた。
少し後れ、屋根や壁を無数に叩く音が室内へ響く。
矢が到達したのだ。
矢は天井や壁に突き刺さり、中には貫通して室内まで侵入する物もあった。
射手の魔力の違いによって、威力に差が出るのだろう。
「リアは大丈夫なのか?」
道の真ん中で倒れたままのリアを見ながらリューが心配そうに問う。
「大丈夫でしょう」
あれくらいでは死なないはず。
「光線は効かなかったのに……」
「油断を衝かれたんだろう」
魔力を込めていないとこんなものだ。
もしくは、物理的な攻撃への防御力が低いのかもしれない。
だからこそ、鎧で身を固めているというのは考えられる。
そして、スノウは光線が効かなかったからこそ矢で狙撃し、ダメ押しに光線で傷口を狙い撃ったのだ。
人体の中でも比較的柔らかい喉を狙うという徹底ぶりだ。
その狙いは功を奏している。
リアを狙ったのは、彼女を一番の脅威だと判断したからだろう。
実際、リアがいなくなるとこちらは戦力的にかなり不利となる。
こちらを監視していたなら、リアが転移能力を持つ事も気付いたかもしれない。
襲撃の最中に、リアが思わぬ所から援軍として駆けつけるというのは相手にとってまずい事だ。
だったら、そうならないよう先に始末する。
なおかつ、組しやすい相手が守っている拠点を狙う。
その機会をうかがうために、長い時間をかけていた。
そして選ばれたのが、私とリューの組み合わせだったわけだ。
家屋の中からリアを見る。
あれくらいで死ぬ事はないだろうが、しばらくは動けないか。
再び、家屋を叩く矢の音がする。
二射目の一斉射撃だ。
今度は貫通する矢の数がさっきよりも多い。
この調子では、いずれ建物が倒壊して更地にされそうだ。
この世界の矢は、攻城兵器にもなるようだ。
打って出るしかないな。
「あっちから撃ってくるな」
入り口から丘の方を見ながらリューが言う。
「顔を出すと狙われる」
現状、リューが最大の戦力だ。
相手もそれは認識している。
今もマークしているはずだ。
「いや、流石に狙えねぇだろ。実際、撃ってこないし」
「ふむ」
リューにどいてもらい、私もちらっと顔を出す。
何か飛来してきたのが見えたので、すぐに頭を引っ込める。
今まで頭があった位置を矢が通り過ぎ、入り口の木枠に突き刺さった。
ひえっ……。
「かなり精確に狙ってきたがぁ?」
「あれぇ?」
リューは再び顔を出す。
「ほら、やっぱ撃ってこないぜ」
……明らかに手心を加えられている。
前にリューがスノウに絆されいるのではないかと思ったが、これはお互い絆され合ってるのかもしれないな。
「リュー、スノウと戦ってきてくれないか」
「おう。まかせろ」
「また捕まる事がないように。……それから、殺さなくていいぞ」
「……わかった」
頼むとリューは建物から飛び出して走り出した。
少し時間をおいて、手の平を入り口からひらひら動かす。
何もなかったので少し顔を出す。
狙撃は無い。
リューに注意を向けてくれたか。
そういえば、弓の一斉射撃も止んでいる。
丘の方を見る。
すると、大人数の兵士が村に駆け込んできているのが見えた。
突撃するリューを避けるように動いているのが確認できる。
スノウはリューと一騎打ちするつもりのようだ。
なら、ある程度この展開は想定済みなのか……。
しかし、指揮官のない兵士の群れだけで突撃させるのか。
それでも私達相手ならば対処できると判断されたか。
侮られたものだな。
「敵兵士が接近している! 総員、訓練通りに対処」
私の号令を受け、周囲の反乱軍人員が動き出す。
これで前もって決めていた配置についてくれるはず。
こちらとしては、ミラが考案した戦術を用意している。
有事の際に備えて、ある程度訓練もした。
思い通りにさせない。
そんな事を思っていた時だ。
かすかな物音に気付いて、私は振り返る。
家屋の奥。
扉を開け、一人の女性が入ってきた。
剣を佩いた彼女には見覚えがある。
確か、ウィンだったか。
「裏口から失礼する」
ウィンはスラッと剣を抜いた。
「お前だけは必ず始末しろと言われていてな」
侮っていたわけではないらしい。
兵士だけを突撃させたのではなく、指揮官は二人いたのだ。




