六十一話 あーもうめちゃくちゃだよ
今回の更新は、今日明日二回に分けて更新させていただきます。
「今の野営地に来てそれほど時間は経ってないぞ」
明らかにふっとりとしているアルファを撫でながら私は声をかけた。
「まぁ丁度いいか。今回の道程で絞れるからな。さ、行こう、リュー」
アルファに跨り、リューに声をかける。
「ああ」
野営地を出発して、私とリューが向かったのはここから西方面の農村である。
今、反乱軍は民間人との繋がりを作ろうとしている。
そのため、手分けして一度村々に赴き、協力を取り付けようという事になった。
目的の村に着くと、畑で働く人々の姿があった。
鍬を振って地面を耕している。
体つきは皆細く、しかし筋肉質だ。余計な脂肪がないように見える。
栄養状態はよくないが、悪くもない。
生かさず殺さずだ。
これはダメかもしれないな、と直感的に思う。
農民の女性は、慎ましやかな胸の人が多い。
多分、あれくらいならば男性と身体能力も変わらないはずだ。
確証はないが、その資質がある人間は外へ出ていくのだろう。
魔力の才能は戦いの才能と言ってもいいのだから。
兵士になれば稼げるだろうし、傭兵や民間の用心棒になっても農民より給料はいいはずだ。
私個人としては、忘れかけていた一般的サイズを思い出せて懐かしさからか心が落ち着く。
ターセム村に似た雰囲気でもあり、それも感情を想起させる一助となっているのかもしれない。
この世界は生まれで決まる事が多すぎる。
身分的にも能力的にも。
私の元の世界でもそれは変わらなかったが、この世界はさらに顕著だ。
それから村の代表と渡りをつけて話をしたが、案の定協力は拒否されてしまった。
反乱軍が三将を退けたという話は回っているようで、少しの迷いも見えるがそれでも今の生活が良いらしかった。
村人達が生活に満足しているとは思えないが、不満もないのだろう。
厳しい労働を課せられてはいるが、衣食住は保証されている。
酒場や雑貨店のようなものもあったし、娯楽もある程度用意されているのかもしれない。
ついでに言えば娼館らしき建物も見られたが、ほぼ廃墟で営業している様子がなかった。
そちらに賃金を回せるほど余裕はなさそうだし、何故ここで開業したのかが謎だ。
その農村に見切りをつけ、速やかに別の農村に向かう。
向かった先の農村もあまり良い返事をもらえず、数日かけていくつかの農村を回ったがそれらも全て不発だった。
シャパド領主の統治体制は、思った以上に磐石なのかもしれない。
さて、この場合はどうするのかな? ミラ。
そんな事を思いながら新たに訪れた農村。
そこは、今までに巡った農村と趣が変わっていた。
どう表現すればいいだろう?
生活……いや、生の気配が薄い……。
「これは……ダメだな」
リューの呟きが聞こえる。
顔を顰め、嫌悪感を隠そうともしない表情だった。
「何がダメなんだ?」
「酷い仕切り方をしていた領と同じ雰囲気だ」
直感というものは時に無視できないものだ。
働く農民は今まで見てきた場所よりも痩せ細っていた。
脂肪はもちろん、筋肉まで削れた体をしている。
動かない体に鞭打って、無理やりに働いているように見えた。
目は落ち窪み、生気の薄い顔をした者が多かった。
「死体が転がってないだけマシか……」
「見えない所に転がっているかもしれないが」
「臭いがしねぇ」
なるほどねぇ。
「……男性の姿が見えないな」
「あれ、多分何人か男だぞ」
働く農民を見て呟くと、リューが答えた。
「襟からちらっと喉仏見えるだろ」
結構距離がある。
見えるわけがない。
しかし、確かに農民の服は一様に襟が長く見える。
「だとして、どうして女装しているんだ?」
「男だとわかると連れて行かれんだろ。あんまり良い場所じゃねぇぞ、この村」
連れて行かれる……。
賊でも出るのだろうか?
その発言の意図は正確にわからないが、確信を含んだ声色だった。
彼女には何か、心当たりがあるのだろうか。
村長の家へ着き、反乱軍である事を明かす。
「どうぞ、中へ」
すると、渋るでもなく、けれどすぐさま中へ入るよう促された。
村長は体毛の全てが白に染まったような老婆である。
腰は曲がり、ついた杖と手の境がわからぬほどに腕は細かった。
家の中には、村長と一人の少女がいた。
少女は村長を介助するようにそばで付き従っている。
「ご用件を伺ってもよろしいでしょうか?」
問われ、リューは私を前へ促す。
もう少しこういう話し合いでも積極性を見せてほしいんだけど。
「我々は、領主と戦っています」
「……左様でございますか」
目蓋の皮に細められた目が少しだけ開かれ、しかし驚いた様子もなく村長は返した。
「ここに来たのは、協力をお願いしたいからです」
「反乱に参加しろと? この村に、そのような力を残している者はおりません。皆、生きるだけで精一杯な者ばかり」
まぁそうだろうな。
共感を覚えつつ、それでも要求を告げる。
「戦ってもらいたいという話ではありません。たとえば、見聞きした事を何でもいいから教えてもらったり、情報を流してもらったり……。あとは、物資の売買なども行いたいのですが」
「情報……だけならばご協力できるでしょう。しかし、売り買いするだけのものはこの村にございません」
村長はこちらを忌避する様子もなく協力する事を前提に話した。
本心はどうかわからないが。
今までの村でも、恭順すると見せかけて何度か警備の領兵を呼ばれたものだ。
その都度、リューが無双ゲーじみた活躍を見せてあっさり切り抜けたが。
三将さえ出てこなければ、リューの相手になる戦力はこの地にいないのだろう。
一応、話は進めさせてもらおうか。
「主目的は情報の方です。定期的に訪れるこちらの人員に情報を流してもらえると助かります。もちろん、反乱軍の人間だとわからないようにいたしますので」
「どのような事を教えればよろしいのでしょう?」
「些細な事であろうと何でもいいですよ。その都度、知りたい情報はこちらから要求します。あとは、行商人が訪れた時などに情報を流していただければ。都度謝礼はさせていただきます」
細やかな部分を詰めていく。
そんな時だった。
外がにわかに騒がしくなった。
リューが入り口を少し開けて外をうかがう。
「警備兵だな」
……嵌められたかな?
そう思って村長を見る。
「違います。監督官様でしょう。定期的な徴収以外にも、時折訪れる事があるのです」
村長は弁明する。
事実、様子を見ていると警備兵はここでは畑の方へと行ってしまった。
とりあえず一安心だ。
「何をしに来るのですか?」
「……」
村長は黙り込んだ。
「あなた方との取引は了承いたしました。しかし、今すぐに出て行くのは控えていただきたい。監督官様が帰るまで、どうかここで大人しくしていてください」
「……わかりました」
こちらとしては協力さえ取り付けられてばそれでいい。
売られたわけではないのなら、こちらも騒ぐ必要はない。
私は監督官が帰るのを待つ事にした。
そんな折、悲鳴が外から聞こえてきた。
「や、やだー! お母さん!」
「お止めください!」
外を見ると、監督官の一行が一人の子供を引き摺っているのが見えた。
それを追って、母親と思しき女性が追い縋る。
「その子は男ではありません! お許しください!」
そう叫ぶ女性を警備兵の一人が殴り倒した。
「男じゃないだぁ? ウソはいけねぇな。あたしらだって素人じゃねぇ。一目見りゃ、男か女かなんてすぐにわかるんだよ!」
「ウソだなんて、そんな事は言っていません! その子は女の子! 女の子なんです!」
「じゃあ、ここで確かめてやろうじゃねぇか」
うわぁ、世紀末みたい。
「監督官は男を狩りに村を訪れます。とりわけ幼い子供を好んでいて、気に入った子供をさらっていくのです」
「よくあるぜ、こういう事」
リューが答える。
各地を回っていろいろな場所を見てきたリューが言うのだから事実なのだろう。
「さらってどうするのです?」
「さらわれた子は帰ってきません。恐らく、いずこかへ売られているのでしょう」
男の子をさらって、売り払う。
男の子だと労働力としてもあまり期待できないはずなのだが、需要はあるのだろうか?
……あるんだろうなぁ。
食料などは取られないのだろうか?
いや、村人の健康状態を見ればそれはない。
今回はそれがないだけか、もしくは徴収の際に水増しされているか、常以上の徴収が行われているはずだ。
「助けに行くぜ」
リューが戦斧を肩に担いで声をかける。
こんな所で積極性を出すな。
「お待ちください」
私が止める前に、村長がリューを呼び止める。
「このままじゃ連れて行かれちまうよ」
「あなた様がここであの子を助けたとしても、次に訪れた時にはそれ以上の代価を要求されるでしょう。力のない我々では、それに従う以外にない」
「だからって、悔しくねぇのか?」
事務的に話していた村長が、初めて感情の色らしきものを見せた。
その色は、悔しさだ。
「悔しさ……口惜しさしかない。監督官からの仕打ち、殊更に連れて行かれた子供達の事を思えば、悔恨の苦痛が癒える事もございません。しかしそれでも……!」
村長は歯を噛み締め、拳を強く握り締めていた。
「我々には何もできない……っ。抵抗する力も、気力もない。ここで暮らしていく事を考えれば、耐えていく事しかできないのです……!」
当然の判断だ。
反乱軍の方針としても、ここは大人しく見逃すしかない。
気分はよくないが、仕方がない。
「……わかった」
了解の言葉をリューが発する。
意外にあっさりと了承したな。
そう思ったのも束の間、リューは入り口のドアを強く開いた。
派手な音を立てて開かれたドアに、監督官達の視線が向けられた。
えぇ……。
「あんた達に力がないなら、俺が力になってやるよ」
言い置くと、リューは外へ飛び出していった。
止めようとするが、私が入り口から外を見た時には、もうリューは監督官達に跳びかかる所だった。
「あーあ」
「あの……」
不安そうな村長が声をかけてくる。
「責任は取らせていただきます。村人の安否はこの身にかけて保障します」
答えて、私もリューの戦いに参加するため歩み出した。
戦いながら、これからどうするか考えよう。
「何をする貴様ら!」
「殺してでも奪い取る。と、言うような相手じゃなくてよかったなぁ」
ボコボコにされて、地面にへたり込んだ監督官に告げる。
その周囲にも、兵士達が倒れ伏していた。
「ほら、母ちゃんとこ帰んな」
その後ろでは、リューが子供を母親の元へ返している。
いい気なもんだよ。
「あたし達は領主様の部下だ! こんな事をして、領主様が黙っていないぞ! あたしに何かすれば、ひ、酷い目に合わせてやる!」
監督官の前でしゃがみ込み、視線を合わせる。
「おや、こんな時ばかりは忠臣のように振舞うんだなぁ。普段は領主の考えに叛いているのになぁ」
「な、何を……」
「徴収を多めに取って差分を懐に収めているし、子供をさらうのも君の判断だ。それで領主に泣きつくのは虫のいい話だな」
監督官は言葉を失って息を呑む。
カマをかけただけだが、それが真実だと態度が物語っていた。
領主は領民への負荷をコントロールしている。
労働の疲労によって反乱の意気をくじきつつ、反乱するよりも従う方がマシと思う程度には快適な生活が約束されている。
だがここは違う。
規定違反だ。
流石の領主様でも、末端までは目が届かなかったらしい。
だからこそ、最初からこの村の村長は反乱軍にも協力的だった。
ここが付け入る隙になりそうだ。
村長に向き直る。
口を開こうとした時、先に声を発したのはリューだった。
「余計な事をしたのはわかってる。その落とし前はつける。この村はこれから俺が守る。領主には一つだって傷つけさせねぇ」
普段は私に選択権を委ねるくせに、こういう時だけむっちゃ勝手な事言うやん。
小さく溜息を漏らす。
それを聞きつけたリューがびくっと反応した。
「悪ぃ、勝手に決めて」
「いや、それしかないと思っていたからいいんだよ」
村人を保護する方法は二つ。
こことは別の場所へ移送するか、ここを拠点にして守るか、だ。
移送するならば別の領になる。
反乱軍の野営地に村人全員を養うだけの蓄えはない。
今の警戒厳しいシャパド領内を村人達と一緒に移動する事は厳しいだろう。
だからこの選択はなしだ。
どちらの選択も村人を完璧無事に護りきれるという保証はないが、まだここで護った方が可能性は高い。
約束は守らなくちゃならないからな。
さて、あと残る問題は……。
どうやってミラを宥めようか……。




