六十話 反省会と次の目標
反乱軍の野営地。
「私達の流した噂に対し、領主は最も重要な地点に全戦力を投入しました。これに対して我々が取るべき方法は、シャパド領主を直接襲撃する事だったのかもしれません」
テントの中で行われた会議。
ジーナ以外で私の正体を知る者だけが集まる中、ミラは反省した様子で語る。
「それは結果論だ。実態はすでに、領主は別の場所で身を隠しているかもしれない」
「あのおっさんが逃げるとは思えねぇ」
私の言葉にリューが反論する。
「どうしてそう思う?」
「え? えーと……?」
リューはしばらく考え込んでから答える。
「領主って、仕切ってる奴だろ? だせぇ事したらなめられるじゃねぇか。それって困るんじゃねぇ?」
あながち間違いではない。
「リューとしては、シャパド領主がそういう面子を気にする人間だと思うわけだな?」
「おう。そんな気がする」
締め付ける統治というのは、為政者が絶対的な力を持つからこそ成り立つ。
少しでも弱みを見せれば、そこから瓦解する事となる。
面子とは口にしたが、実際は合理的な考えからの解かもしれない。
「領主が身を隠さない事を前提とすれば、やりやすいんじゃないか?」
「リューの具体性がない直感を事実とするなら」
「じゃあ、事実と仮定して動いてくれ。仲間を信じる事は大事だぞ」
ミラは半信半疑の様子で「わかりました」と了承する。
「領主が本拠地から動かないとするなら、先の三将との戦いも領主からすれば賭けだった可能性が高いです。今後は最低でも一人は防備として手元に置くと思いますが」
「どうかな? あの領主の事だ。もう一回くらい同じ奇襲をしてくるかもしれない」
ミラは黙り込んだ。
それを否定する事ができないのだろう。
恐らく、ミラとシャパド領主は相性が悪い。
ミラは考え得る中で最善を突き詰める策を練るが、シャパド領主は基本を押さえていながらそこに奇策を混ぜてくる。
ミラにとっては、唐突に普段考えないパターンで攻められるので想定を外される。
そこを補佐できるようになるのが私にとっての課題かもしれない。
いや、ミラだけじゃなく誰に対しても補佐できるようになるべきか。
「ともかく、相手の出方がわからなくて動けなくなる方が良くないだろう。で、動くとすればどうする? 真っ向から領城に攻めるか?」
「相手の思惑に嵌ったとはいえ、こちらは全戦力を投入した上で引き分けに持ち込まれました。本拠地には当然、三将以外の戦力もあるでしょう」
マコトとジーナをボコボコにされているから、総合的に見れば負けと言えるけれど。
結果としては退けている。引き分けでいいかな。
対外的に、勝利として喧伝しているが。
「訓練も満足に出来ていない不正規兵と戦いを生業とする私兵では質が違います。集団戦になれば不利です」
「その不利をどう埋める?」
「分散させ、薄めます」
「可能なのか? こっちも人手不足だと思うんだがなぁ」
「そのための人心掌握ですよ」
どうにかして相手の戦力を割かせてから攻める。
手段としては人を使う。
反乱軍の人員だけでは足りないので、領民にも協力を仰ぐ。
拠点の占領、農民の蜂起など、治安を乱す行為で自治に戦力を割かせる。
と言ったところか。
うまくいけば、確かに戦力の層は薄くなる。
三将がそこに当てられれば、各個撃破も狙える。
いい案かもしれない。
「あとは民がこちらに協力してくれるか、だが……」
「協力を得られなかった時は別の方法でなんとかします」
信じましょう。
うちの軍師様の言葉を。
「リューはどう思う?」
「わからねぇ。シャルはどう思う?」
「いいと思うけど」
「じゃあ、それでいこう」
そのやり取りの後、ミラによろしくとお願いした。
ある日の事。
「読んでよー」
「やだよー」
リューとマコトが一冊の本を手にいちゃついていた。
あの本、もしかして……。
前の戦いで負傷したマコトは、全身に包帯を巻いていた。
無数の切り傷が全身にあり、そんな中で致命傷がなかった事は幸いである。
しかし、その包帯だらけの姿を見ているとどこのマコトさんだ? と思ってしまう。
最近まで維新志士でもしてたんか?
「どうしたんですか、二人共?」
二人がこちらを見る。
「こいつが、俺に本を読み聞かせろってうるさいんだよ」
余程しつこくされたのか、怒りの残り香を含んだ口調でマコトは答えた。
「だって俺、字が読めないんだもん!」
リューはリューで抗議するように弁解する。
何が「もん」だよ。
かわいこぶっちゃって。かわいいじゃないか。
しかし、こうして仲裁していると、なんか保育士さんになった気分だ。
「はいはい、喧嘩はやめようね。二人共仲良くねぇ」
「なんか馬鹿にしてないか?」
「してないしてない」
おふざけはここまでにして、真剣に取り組もう。
まぁ、この件にまったくシリアスな色は感じないけど。
「リューは自分で字が読めるようになった方がいいかもしれないね」
「そのつもりがあるから、本を読んでもらってるんだ」
なるほど。
勉強する意欲はある、と。
「マコト。こう言ってるし、面倒だろうけど少し付き合ってくれないかな?」
「俺もそのつもりだったけど、こいついつもアレな内容の本ばっかり持って来るんだよ」
なるほど。
エロ本を朗読させられる羞恥プレイはまっぴらだ、と。
「だって俺、字が読めないから内容だってわからねぇじゃねぇか」
それももっともではある。
「これでも、毎回別の本持ってきてるんだぜ。ルージュの所から」
「今の所、全部アレな内容だった」
なるほど。
ミラの蔵書はエロの割合が多い、と。
「違うんです。たまたまです」
不意に、ミラが会話に混ざってきた。
「ピンポイントでそういう物を持っていくんです」
なるほど。
偶然が重なっている、と。
本当にござるか?
何冊持ってきているか知らないが、十割の確率で引き当てられてるのは相当だよ?
「それはそうと、本を返してください」
「まだ読んでねぇ」
「あなたは読めないでしょう」
「読めるようになりたいっつってんだろ」
ミラとリューが揉め始める。
「ルージュ。いっそ、簡単な内容の本を貸してあげたら? 勝手に持っていかれるよりいいと思うけど」
「その方がいいかもしれませんね。見繕って持ってきます」
そう言い残し、ミラはその場を去っていく。
「リュー。今度から、本は私が一緒に読むよ」
「マジか。ありがとな」
私が言うと、リューは無邪気に嬉しさを表現する。
次いで、マコトに向く。
「傷の具合は?」
問いかけると、マコトは若干表情を硬くした。
「どうって事ない。ジーナに比べればな」
ジーナの傷はマコトよりも深かった。
包帯ぐるぐる巻きなのは同じだが、今も寝床で休んでいる。
「あんた、剣も使えるって言ったな?」
「うん」
「今から相手になってくれないか?」
「怪我が治ってからなら受けるよ」
無茶しようとするマコトをやんわり嗜めると、彼女はムッと顔を顰めた。
「怪我したままだと、痛む場所を庇って変なクセが付くからね」
「それは……そうだけど……」
重ねて言えば、今度はシュンとうな垂れる。
「俺がこの程度で済んだのは、ジーナが何度も庇ってくれたからだ。俺が弱いから、こんな事になったんだ。これからもこんな事があるの、嫌なんだよ」
「その意欲は買うよ。特訓にだって付き合う。でも、今は休む事だよ」
マコトは溜息を吐く。
「わかった」
今回の更新分はここまでになります。
次はまた月末に更新させていただきます。




